憲法記念日の東京は雨降り。落日の写真は皮肉じゃないつもりですが(笑)。(哲




2008ソスN5ソスソス3ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 0352008

 一つづつ花の夜明けの花みづき

                           加藤楸邨

が人を惹きつける大きな理由は、下を向いて咲くからだ、と数日前テレビで誰かが言っていた。桜の花下に立った時、まさに花と対峙している心持ちになるのは、それもあるのだろうか。ふつう花というのは、太陽をもとめて空に向かって咲くのが一般的だという。花みずきは、萌えだした葉の間に、ひらひらとまさに空に向いて開く(実際の花は真ん中の緑の部分らしいが)。最寄り駅までの下り坂、花水木の並木道を十年以上ほぼ毎日歩いているが、新緑も紅葉も、赤い実も枯れ姿も、それぞれ趣があり、街路樹として四季折々楽しめる。でもやはり、真っ白な花が朝日をうけて咲き増えてゆく今頃が、最も明るく美しい。芽吹いてきたな、と思うと、花がちらほら見え、朝の日ざしに夏近い香りがし始めると、ほんとうに毎日輝きを増し、一本一本の表情がぐんぐん変わってゆく。この句を読んだ時、毎年目の当たりにしながらはっきりと言葉にし得なかった花みずきの本質が、はらっと目の前に表れたという気がした。特にこの一語が、というのではなく、五・七の十二音の確かさと詩情、一句から立ちのぼる香りが、まさに私の中にあった花みずきなのである。『俳句歳時記 第四版』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


May 0252008

 桃つぼむ幼稚園まで附きそひし

                           室生犀星

ぼむには窄む(すぼむ)という意味と、まったく逆の蕾をつけるという意味の二つがあるが、この句の場合は後者だろう。人はどこまで記憶を遡ることができるか。僕は四歳のときに幼稚園で石段から転げ落ちて頭に怪我をしたのがもっとも遠い記憶。両親は共稼ぎだったため、朝家から三百メートルほどのところにある幼稚園に一人で通わされた。協調性がなかった僕は幼稚園がいやでいやでたまらず母に抱きついては通園をしぶった。家を出たところで僕にしがみつかれた母は、しかたなく、通りすがりの女子高生に同行を頼んだ。僕はほとんど毎日見もしらぬ女子高生に手をひかれて幼稚園に到着した。犀星が付き添ったのは子どもか孫か。泣いてしがみつかれたためか、何かの用向きがあったか。あの犀星の異相とも言える風貌を思い浮かべると幼稚園までの風景が微笑ましい。折りしも春たけなわ。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(今井 聖)


May 0152008

 歯を剥いて先帝祭のうつぼの子

                           菊田一平

関は海峡の町である。小高い丘に上がると対岸の門司の山々が目睫の間に迫り、源平合戦の行われた潮流を一望することが出来る。竜宮の形に模した楼門を持つ赤間神宮では毎年この時期に幼帝の霊を慰める「先帝祭」が行われる。このあたりには安徳天皇陵と伝えられる墳墓が残り、お向かいの小倉には命からがら逃げてきた幼帝を藁で匿った謂れにちなむ祭事の残る土地もある。下関、北九州と延べ6年ほど暮らしたことがあるが、そうした事物を見聞きするたびに土地の人々が源氏よりも平家と幼帝に惻隠の情を持っていることが伝わってきた。この句を一読したとき、通り過ぎるだけではわからない地元の感情と共鳴するところがあるように思った。うつぼは荒々しい性格を持ち、敵と戦うときにはその鋭い歯で相手の肉を食いちぎるまで容赦しないという。小さいながら敵に向かってくわっと歯を剥く様が幼帝を守って滅びた平家武士の生まれ変わりにも思え、その気の強さがかえって哀れを誘う。ゴールデンウィークには「先帝祭」にあわせて「しものせき海峡まつり」が催される。なかでも源氏に模した漁船が白、平家が赤の幟をたて、初夏の馬関海峡に繰り出す様は見事だ。『百物語』(2007)所収。(三宅やよい)




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