August 0782007

 水銀の玉散らばりし夜の秋

                           佐藤郁良

の夜にどことなく秋めいた感じを受けることを「夜の秋」と称する。もともとが個人の受ける「感じ」が主体であるので、しからばそれをどのように表現するかが勝負である。歳時記の例句を見ると長谷川かな女の〈西鶴の女みな死ぬ夜の秋〉、岡本眸の〈卓に組む十指もの言ふ夜の秋〉などが目を引く。どちらも無常を遠くに匂わせ、移ろう季節に重ねるような背景である。一方、掲句は目の前の様子だけを言ってのけている。しかも、体温計をうっかり割って、水銀が一面に散らばってしまうというのだから、その様子はたいへん危険なものだ。水銀が有毒であることは充分理解しつつも、その玉の美しさ、おそるおそる爪先で寄せればひとつひとつがふつりとくっつき合う様子は不思議な魅力に満ちている。多くの経験者には、この液体である金属の持つあやしい状景がはっと頭に浮かぶのではないだろうか。そして、それがまことにひやっとした夜の感触をうまく呼び寄せている。『海図』(2007)所収。(土肥あき子)


August 0682007

 子の墓へうちの桔梗を、少し買いそえて持つ

                           松尾あつゆき

日広島忌。松尾あつゆき(荻原井泉水門)は三日後の長崎で被爆し、三人の子供と妻を失った。「すべなし地に置けば子にむらがる蝿」「なにもかもなくした手に四枚の爆死証明」。掲句は被爆後二十二年の夏に詠まれた。作者の置かれた状況を知らなくても、「少し買いそえて」の措辞から、死んだ子に対する優しくも哀切な心情がよく伝わってくる。この無残なる逆縁句を前にして、なお「しょうがない」などと言える人間がいるであろうか。「老いを迎えることのできなかった人びとの墓前に佇む時、老年期を持てることは一つの『特権』なのだ、という思いに強くとらわれる」(「俳句界」2007年8月号)と、私と同年の天野正子は書く。老いが「自明の過程」のように語られる現在、この言葉の意味は重い。「子の墓、吾子に似た子が蝉とっている」。掲句と同時期に詠まれた句だ。生きていれば三人ともに二十代の大人になっているはずだが、死者はいつまでも幼くあるのであり、そのことが作者はもとより読者の胸を深くゆさぶってくる。今朝は黙祷をしてから、いつもより少し遅いバスに乗って出かける。『原爆句抄』(1975)所収。(清水哲男)


August 0582007

 君だつたのか逆光の夏帽子

                           金澤明子

帽子といえば、7月25日にすでに八木忠栄さんが「夏帽子頭の中に崖ありて」(車谷長吉)という句を取り上げていました。同じ季語を扱っていますが、本日の句はだいぶ趣が異なります。句の意味は明瞭です。夏の道を歩いていると、向こうから大きな帽子を被った人が近づいてきます。歩き方にどこか見覚えがあるようだと思いながら、徐々にその距離を狭めてゆきます。だいぶ近くなって、ちょうど帽子のつばに太陽がさえぎられ、下にある顔がやっと見分けられて、ああやっぱり君だったのかと挨拶をしているのです。逆光のせいで、まっ黒に見えていた人の姿が、本来の人の色を取戻してゆく過程が、見事に詠われています。「君だったのか」の「のか」が、話し言葉の息遣いを生き生きと伝えています。「君」がだれを指しているのかは、読み手が好きなように想像すればよいことです。大切な異性であるかもしれませんが、わたしはむしろ、気心の知れた友人として読みたいと思います。「君だったのか」のあとは、当然、「ちょっと一杯行きますか」ということになるのでしょう。「暑いねー」と言いながら、二人連れ立ってそこからの道を、夏の日ざしを背に受けながら同じ方向へ向ってゆくのです。もちろん帽子の下の頭の中には、すでに冷えたビールが思い浮かべられています。『角川俳句大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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