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July 1872007

 物言はぬ夫婦なりけり田草取

                           二葉亭四迷

植がすんでからしばらくすると、田の面に草がはえはじめる。一番草、二番草・・・・と草の成育にしたがって、百姓は何回も田草取りに精出さなければならない。「田の草取り」とも言う。田に這いつくばるようにして、両手を田の面に這わせ、稲の間にはえた草をむしり取って、土中に埋めてゆく。少年時代に、ちょっとだけ手伝わされたことがあるが、子どもにはとてもしんどかった! 二番草、三番草となるにしたがって稲の背丈が伸びてくるから、細かい網でできた丸い面を顔にかぶる。稲の葉先は硬く鋭く尖っているから、顔面や眼を守るための面である。蒸し暑い時季だから汗は流れる、這いつくばっての作業ゆえ、腰が棒のようになってたまらなく痛くなってくる。時々立ちあがって汗を拭き、腰を伸ばさずにはいられない。除草機や除草剤が普及するまで、百姓はみなそうやって稲を育てた。百姓はたいてい夫婦か身内で働く。そうした辛い作業だから、夫婦は無駄口をたたく余裕などない。黙々と進む作業と、田の広がりが感じられる句である。別の田んぼでもやはり夫婦が田んぼに這いつくばっているのだろう。農作業をするのにペチャクチャしゃべくってなどいられない。掲出句のような風景は、年々失われてきたものの一つ。平凡な詠い方のなかに、強く心引きこまれるものがある。四迷には「物云はて早苗取りゐる夫婦かな」という句もある。俳句にも熱心だった四迷は「俳諧日録」を書き、「俳諧はたのしみを旨とするもの」と言い切っている。『二葉亭四迷全集』(1986)所収。(八木忠栄)


September 2792014

 豊年の畦といふ畦隠れけり

                           若井新一

米が味わえるうれしい季節、電車で少し遠出をすればまさに黄金色の稲田が車窓のそこここに広がっている。農業技術が進歩し、全てお天道様頼みだった昔と違い豊年と凶年の差はさほどなくなっているかもしれないが、食べる一方で米作りの苦労を知らない身でも、豊年、豊の秋、という言葉には喜びを感じる。この句の作者は新潟生まれ、句集『雪形』(2014)のあとがきには「日本でも屈指の豪雪地帯で、魚沼コシヒカリを作っている」とある。<畦々の立ち上がりたる雪解かな ><土の色出で尽したる代田掻 ><霊峰や十指せはしき田草取 ><かなたまで茎まつすぐに稲の花 >。日々の実感から生まれる確かな句。ことに掲出句の視線の高さは、大地に立ち一面に実った稲田を見渡している者ならでは、見えない畦を詠むことで一面の稲穂が見える。早春、雪が解けてやっと立ち上がった畦が見えなくなるほどの今の実りを前にしている感慨、ここには豊年の言葉が生きている。(今井肖子)




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