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July 0972007

 箸とどかざり瓶底のらつきように

                           大野朱香

語は「らつきよう(らっきょう・辣韮)」で夏。ちょうど今頃が収穫期だ。らっきょうに限らず、瓶詰めのものを食べていると、こういうことがよく起きる。最後の二個か三個。箸をのばしても届かない。で、ちょっと振ったりしてみるのだが、底にへばりついていて離れてくれない。食べたいものがすぐそこにあるのに、取ることができない事態には、かなり苛々させられる。心当たりがあるだけに、この句には誰でもがくすりとさせられてしまうだろう。何の変哲もない「そのまんま」の出来事を詠んでいるだけなのだけれど、何故か可笑しい。こういうことを句にしてしまう作者の目の付け所自体が、ほほ笑ましいと言うべきか。大野朱香の既刊句集について、この句が収められた新刊句集の栞で小沢信男が書いている。「無造作に読めて、気楽にたのしい。しかも存外な魅力を秘め、いや、秘めてなぞいないのがチャーミングなのですよ」。この言い方は、掲句にもぴったりと当てはまる。言い換えれば、作者の感受性は、素のままで常に俳句の魅力を引き出す方向に働くということなのだろう。「節穴をのぞけば白き花吹雪」、「へたりをる枕に月の光かな」。小沢信男は「なにやら不穏な大野朱香の行く手に、たのしき冒険あれ!」と、栞を結んでいる。『一雫』(2007)所収。(清水哲男)




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