東京は梅雨入りの翌日から真夏の様相。今後一週間は降りそうもない。(哲




2007ソスN6ソスソス18ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 1862007

 厨にも水鳴る喜雨の音の中

                           谷野予志

のところの東京は、まごうかたなき「空梅雨」である。気象庁が梅雨入りと判断したのは、いかなる根拠によるものなのか。連日、夏休みの絵日記にでも描けそうな空がひろがっている。「喜雨(きう)」なる季語は、この国が農業国であったことを思い起こさせるが、農家の人ならずとも、そろそろ一雨欲しいところだ。掲句の作者は待望の雨降りに心楽しく癒されて、水仕事をしている。厨にまで雨音が聞こえてくるというのだから、突然の土砂降りなのだろう。そして、水道からは、これまた勢い良く水が迸り出ている。おそらくは水不足を心配していたのであろう作者には、まごうかたなき「喜雨」なのであり、「湯水のように水を使える」(笑)安堵感が、句いっぱいにみなぎっている。しかも、その心情を音のみで表現し、しかもその技巧を読者に少しも感じさせないところがニクい。上手い。句を読んで、かくのごとき雨を切望すること、いよいよしきりなり。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


June 1762007

 花火消え元の闇ではなくなりし

                           稲畑汀子

いぶ前のことになりますが、浦安の埋立地に建つマンションに住んでいたことがあります。14階建ての13階に部屋がありました。見下ろせばすぐ先に海があり、夏の大会では、花火は正面に打ち上げられて、大輪の光がベランダからすぐのところに見えました。ただ、それは年にたった一夜のことです。この句を読んで思い出したのは、目の前に上がるそれではなく、我が家から見える、もうひとつの花火でした。部屋の裏側を通る廊下を、会社帰りの疲れた体で歩いていると、背中で小さく「ボンボンボン」という音が聞こえます。驚くほどの音ではないのですが、振り返ると、遠い夜空にきれいな花火が上がっています。下にはシンデレラ城が見え、ひとしきり花火は夜空を騒がせています。マンションの中空の廊下に立ち止まったままわたしは、じっと空を見ていました。季節を問わず、花火は毎日上がっていました。私の「日々」が、その日の終りとともに背後の空に打ち上げられているようでした。掲句、花火が消えた闇を元の闇から変えたものとは何だったのでしょうか。読み手ひとりひとりに問いかけてくる句です。わたしにはこの「花火」は、わたしたちの「生」そのものとして読み取れます。消えた後にも、確実にここに何かが残るのだと。『現代の俳句』(2005・講談社)所載。(松下育男)


June 1662007

 傘ひらく未央柳の明るさに

                           浜田菊代

央柳(びようやなぎ)、美容柳とも書き、別名美女柳。柳に似た細い葉を持つこと、輝くような五弁の黄色の花に、長い蕊が伸び広がり、いかにも美しいことからこの名が付けられたという。確かに葉は地味でふだんは見過ごしているが、街角の植え込みや線路脇など、梅雨時の街のあちこちを彩っている。そんな華やかさを、明るい、と詠むのはためらわれるものだ。しかも、びようやなぎ、の六音は、字余りを避ければ中七に置かざるを得ず、美女柳、と五音で詠まれることも多いだろう。この句の場合、傘ひらく、という何気ない動作が、日々の暮らしの中にあるこの花らしさを表していると同時に、雨に濡れて金色に光る蕊を揺らして見せる。軽い切れがあることで、びようやなぎ、という六音のなめらかな呼び名が生き、明るさに、がさりげない。それにしても、とふと思った。柳に似た葉を持つ美しい花、なら、美容柳でいいだろう、未央って?こういう一瞬の疑問に、インターネットは便利である。検索すると未央は、玄宗皇帝が、かの楊貴妃と暮らした未央宮に由来するという。白居易の長恨歌に、楊貴妃亡き後ここを訪れた玄宗皇帝が、池の辺の柳を見て楊貴妃の美しい眉を思い出す、というくだりがあるとか。通勤途中に見慣れたこの花の名に、そんな由来があるのだと思うと、その明るさが少し切ない。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)




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