気がつけば、あれも禁止、これもいけない。そんな窮屈な社会になりつつある。(哲




2007ソスN6ソスソス17ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 1762007

 花火消え元の闇ではなくなりし

                           稲畑汀子

いぶ前のことになりますが、浦安の埋立地に建つマンションに住んでいたことがあります。14階建ての13階に部屋がありました。見下ろせばすぐ先に海があり、夏の大会では、花火は正面に打ち上げられて、大輪の光がベランダからすぐのところに見えました。ただ、それは年にたった一夜のことです。この句を読んで思い出したのは、目の前に上がるそれではなく、我が家から見える、もうひとつの花火でした。部屋の裏側を通る廊下を、会社帰りの疲れた体で歩いていると、背中で小さく「ボンボンボン」という音が聞こえます。驚くほどの音ではないのですが、振り返ると、遠い夜空にきれいな花火が上がっています。下にはシンデレラ城が見え、ひとしきり花火は夜空を騒がせています。マンションの中空の廊下に立ち止まったままわたしは、じっと空を見ていました。季節を問わず、花火は毎日上がっていました。私の「日々」が、その日の終りとともに背後の空に打ち上げられているようでした。掲句、花火が消えた闇を元の闇から変えたものとは何だったのでしょうか。読み手ひとりひとりに問いかけてくる句です。わたしにはこの「花火」は、わたしたちの「生」そのものとして読み取れます。消えた後にも、確実にここに何かが残るのだと。『現代の俳句』(2005・講談社)所載。(松下育男)


June 1662007

 傘ひらく未央柳の明るさに

                           浜田菊代

央柳(びようやなぎ)、美容柳とも書き、別名美女柳。柳に似た細い葉を持つこと、輝くような五弁の黄色の花に、長い蕊が伸び広がり、いかにも美しいことからこの名が付けられたという。確かに葉は地味でふだんは見過ごしているが、街角の植え込みや線路脇など、梅雨時の街のあちこちを彩っている。そんな華やかさを、明るい、と詠むのはためらわれるものだ。しかも、びようやなぎ、の六音は、字余りを避ければ中七に置かざるを得ず、美女柳、と五音で詠まれることも多いだろう。この句の場合、傘ひらく、という何気ない動作が、日々の暮らしの中にあるこの花らしさを表していると同時に、雨に濡れて金色に光る蕊を揺らして見せる。軽い切れがあることで、びようやなぎ、という六音のなめらかな呼び名が生き、明るさに、がさりげない。それにしても、とふと思った。柳に似た葉を持つ美しい花、なら、美容柳でいいだろう、未央って?こういう一瞬の疑問に、インターネットは便利である。検索すると未央は、玄宗皇帝が、かの楊貴妃と暮らした未央宮に由来するという。白居易の長恨歌に、楊貴妃亡き後ここを訪れた玄宗皇帝が、池の辺の柳を見て楊貴妃の美しい眉を思い出す、というくだりがあるとか。通勤途中に見慣れたこの花の名に、そんな由来があるのだと思うと、その明るさが少し切ない。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)


June 1562007

 老婆外寝奪はるべきもの何もなし

                           中村草田男

婆だから「奪はるべきもの」がない、乙女ならあるのかと読むと、そこまで言うかという気になるが、この句の狙いはそんな卑俗なところにはないことにやがて気づいた。この句は本来の裸の人間が持っている天賦の聖性について言っているのだろう。飼っている犬が食べ物をねだるとき、喜ぶとき、糞尿をするとき、ふと聖なる存在を感じるのと同じ。羞恥心も遠慮もない赤裸々な姿が、逆に我等人間のひねくれ方を映し出す。理知なるものがいかに人間の聖性を侵食したかを教えてくれるのだ。赤ん坊が大人につきつける聖性も同様。人間の原初の在り方を草田男は一貫して問うている。そういう一貫した思想を俳句の中に盛ろうとすれば表現は通常観念色、説教色に染まるものだが、草田男はそうならない。外寝という季題を配して現実的な風景のリアリティを構成する。虚子門草田男が、最後まで「写生」を肯定していた所以である。講談社『新日本大歳時記』(2000)所載。(今井 聖)




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