季語がリラ冷えの句

April 2442007

 リラ冷やガラスの船にガラスの帆

                           大西比呂

ラ(lilas)はフランス語。「ライラック」、ましてや「紫はしどい」より優美な雰囲気が強まる。モクセイ科なので、よく見ると四弁の花の形は金木犀に似ているが、もっと大ぶりで優しい大陸的な甘い香りの花である。この花が咲く頃のふいの寒さを「リラ冷え」と呼ぶ。春はあたたかい日差しをじゅうぶんに感じさせたあとにも、驚くほど冷たい一日があったりする。「リラ冷え」は、昭和35年北海道の俳人榛谷美枝子(はんがいみえこ)氏の俳句から誕生し、昭和46年に渡辺淳一の『リラ冷えの街』で定着したというから、わりあい新しい季語だろう。どちらかというと迷惑な陽気だが、しかし語感の花の名の異国情緒もあいまって、どこか甘美なイメージが漂う。掲句はさらに華奢なガラスの帆船を取り合わせたことで、まるでそんな日にはガラスの船が昼の月へと船出するようなファンタジーがふくらむ。幼い頃、実家の玄関には大きなガラスの帆船があった。慌ただしい小学生だったわたしは、ある日洋服の袖に舳先を引っかけ、粉々にしてしまう。夕方、わたしと弟が父親に呼ばれ、「嘘をついている眼は見ればわかる」と並べられた。度胸のよい姉と、臆病な弟の理不尽な顛末は省略するが、ちくりと胸を刺すさまざまな過去の過ちなども引き連れ、ガラスの船はリラの香りの風をいっぱいにはらませ出帆する。『ガラスの船』(2007)所収。(土肥あき子)




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