2006ソスN12ソスソス12ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 12122006

 雪女くるべをのごら泣ぐなべや

                           坊城俊樹

粋を承知で標準語にすれば「雪女がくるぞ男の子なんだから泣くな」とでもなるのだろうか。雪女は『怪談』『遠野物語』などに登場する雪の妖怪で、座敷わらしやのっぺらぼうに並ぶ、親しみ深い化け物の一人だろう。雪女といえば美しい女として伝えられているが、そのいでたちときたら、雪のなかに薄い着物一枚の素足で佇む、いかにも貧しい姿である。一方、西洋では、もっとも有名なアンデルセンの『雪の女王』は、白くまの毛皮でできた帽子とコートに身を包み、立派な橇を操る百畳の広間がある氷の屋敷に暮らす女王である。この豪奢な暮らしぶりに、東西の大きな差を見る思いがするが、日本の伝承で雪女は徹底した悪者と描くことはなく、どこか哀切を持たせるような救いを残す。氷の息を吹きかけるものや、赤ん坊を抱いてくれと頼むものなどの類型のなかで、その雪のように白い女のなかには、幸いを与えるという一面も持っているものさえもあり、ある意味で山の神に近い性格も備えている。さらに掲句には、美貌の雪女にのこのこと付いて行く愚かな人間の男たちへの嘲笑が込められているような、女の表情も垣間見ることができる。「雪女郎美しといふ見たきかな」(大場白水郎)、「雛の間の隣りは座敷童子の間」(小原啄葉)など、かつて雪に閉じ込められるように暮らしてきた人々が作り出した妖怪たちに、日本人は親しみと畏れのなかで、深い愛情を育んできたように思えるのだ。『あめふらし』(2005)所収。(土肥あき子)


December 11122006

 昼の雪どこかが違ふ写真のかほ

                           谷さやん

者は四国の松山市在住。めったに雪の降らない温暖の地だから、降ってくると、そぞろ気持ちがざわめいてくる。雪国の人とは裏腹に、なんだか嬉しいようなそわそわするような、どこか明るいざわめきである。句のシチュエーションは二通りに読め、一つは「昼の雪」が写真に写りこんでいる場合と、もう一つはいま外で実際に雪が降っていて、誰かの写真を見ている場合だ。私は後者と読んでおく。この写真は、見慣れた写真だ。いささか観光案内めくが、たとえば松山市にある子規記念館の子規の肖像写真である(むろん、そうと決まったわけじゃないけれど)。誰でも知っている有名なあの写真の前を通りかかって、ふと足が止まった。平生なら見るともなく見て通り過ぎる写真なのだが、「おや」と気になり、しげしげと見つめてみると、「かほ」が「どこか違って」いるように見えたというのだ。こんな「かほ」だったかなあ、どこか違うなあと、もう一度見つめ直している。理屈をこねれば、違っているのは写真ではなくて、雪による作者の気分と、物理的には館内に注ぐ外光とだ。この二つの要素が重なって、見慣れた写真がそうではないように思えてくる。すなわち揚句は、暖国の雪の日の気持ちのざわめきようを「写真のかほ」の見え方を通して間接的に表現しているのであり、こういうことは俳句でしか言えないという意味でも、なかなかの佳句だと思う。『逢ひに行く』(2006)所収。(清水哲男)


December 10122006

 凍蝶に待ち針ほどの顔ありき

                           みつはしちかこ

の人も句を詠むのかという思いを、俳句を読み始めてすでに幾度か持ちました。現代詩にはそのようなことはめったになく、俳句の世界の懐の深さと、間口の広さをあらためて実感させられます。掲句、凍蝶(いてちょう)と読みます。17文字という短い世界のせいなのか、俳句には時折、無理に意味を押し込めた窮屈な単語を見ますが、この言葉はすっきり二文字に収まっています。凍蝶とは、生死の境に身を置いて、凍ったように動かずにいる状態の蝶を言います。蝶の顔が待ち針のようだとは、言われてみればなるほどと納得のさせられる比喩です。待ち針の鮮やかな色の様が、蝶という生き物のかわいらしさに重ねあわさったように感じられます。どうということのない描写ですが、読者をほっとさせ、あたたかな気持ちにさせる才能は、俳句にも生かされているようです。じっと動かずに、死んでいるように見える蝶に顔を近づけると、きちんと命はこの世につながっていた、という意味なのでしょう。思わず、蝶のうつむき加減の表情まで想像してしまいます。「待ち針」という言葉が、その姿によって引用されているだけではなく、春へ向かう時を「待つ」ということにも、通じているような気がします。『生と死の歳時記』(法研・1999)所載。(松下育男)




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