予定通りに帰宅しました。北京での日本語は超マイナー。ずうっと拙い英語でした。(哲




2006ソスN9ソスソス23ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 2392006

 曼珠沙華はがねの力もてひらく

                           北 さとり

分の日、秋彼岸の中日である。お彼岸だから彼岸花、というのも安直な発想だが、曼珠沙華の句を探す。やはり、ほとんどの句は燃えているか、妖しく群れ咲いていることが念頭にあるか。マンジュシャゲは、赤い花、を表す梵語であるというが、やはりこの朱色が最も強い印象であり、圧倒的に群れ咲いているどこか不気味な記憶は、誰もが持っていることだろう。この句に目がとまったのは、はがねの力、の中七である。鋼(はがね)を広辞苑で調べると、鋼鉄の意の次に「強剛な素質」とある。確かに、開いたその花は花弁が大きく弧を描いて反り返り、長い蕊は一本一本が思い切り外へ伸びつつ、空へ向かって湾曲している。ふれれば、それはみずみずしい生きた花の感触に違いないのだが、ねじれつつほっそりと伸びた蕾の、一つ一つが開いていくさまを想像すると、そこには自然の持つ強い力に押し広げられていくという、どこか硬質で強固なものが感じられる。群れ咲く中の一本の曼珠沙華の花と向き合って、単なるイメージに囚われることなく、それを見つめながら「はがねの力」と詠んだ作者もまた、厳しく強い意志の持ち主であるのかもしれない。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)


September 2292006

 秋の暮溲罎泉のこゑをなす

                           石田波郷

罎に自分の尿が出るときの音を聞いて、回復への喜びを感じている。手術後の危険な状態を脱したときの感慨だろう。波郷の療養に材を採った句は、自分の厳しい病状を詠んでも品格があり、生を前向きに希求してゆく姿勢がある。最晩年の句「梅の香や吸ふ前に息は深く吐け」にしても呼吸一回の苦しさ、困難さを詠んでいながら、その状態に「梅の香」を配さずにはいられない。極限の「リアル」を写実的に「写す」ことへの執着が波郷にはあって、しかも、それだけでは終わらない。季語を通して、俳句の品格を「脚色」してゆくのである。梅の香の句はそのバランスが、おそらく意図を超えて季語の方に傾いた。呼吸の苦しさという「リアル」が、梅の香を呼吸するという情緒の方に吸い取られていくのである。それに対し、この句の「リアル」と季語の情緒のバランスは絶妙である。「音」ではなく、「こゑ」とすることで、溲罎というもののイメージを切実な生の営みに明るく繋げていく。そして「秋の暮」。「秋の暮」は下句に対し、一見、絶対の季語ではないかのように思える。下句が季感を伴う状況ではないから。しかし、溲罎の音に耳を澄まし、その温みを思うとき、「秋の暮」が必然の季節的背景のように思えてくる。波郷の脚色の成果である。『惜命』(1950)所収。(今井 聖)


September 2192006

 大阪の夜霧がぬらす道化の鼻

                           石原八束

温が急に下がり空中の水蒸気が冷やされると霧が発生する。今や不夜城となり、昼の熱気がいつまでも去らない都会ではめったにお目にかかれない自然現象だろう。大阪の夜霧が濡らす道化の鼻とは誰の鼻をさしているのか。作者自身の鼻ともいえるし、ピエロの赤い鼻、道頓堀の食いだおれ人形の鼻などを思い描くことができる。たとえ対象が外にあったとしてもこの情景に投影されているのは作者の鋭敏な自意識だろう。大阪を来訪した八束は、時にやんわり、時にはあっけらかんと言葉を受け流す上方の如才ないふるまいに、孤独の思いを深くしたのかもしれない。世間と関わる自分を道化と言わずにはおれない八束の胸塞がる思いがこの言葉に託されているようだ。深い夜霧に身を沈めたいのに、顔の真ん中にでっぱっている鼻は隠しようがない。昼は人目に晒され、夜は霧に濡れるにまかせている道化の鼻は八束にとって羞恥の象徴なのかもしれない。道化という言葉と句の醸し出す雰囲気に太宰や織田作之助といった文学の匂いを感じる。時代は遠く、いたしかたない自分の身を隠したくとも煌々と明るい都会の夜に夜霧は遠のいていく一方なのかもしれない。『秋風琴』(1955)所収。(三宅やよい)




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