昨日、鹿児島・奄美地方が梅雨入りした。このところの東京でも、まるで梅雨状態である。




2006ソスN5ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 1452006

 その後は雨となりたる桐の花

                           土谷 倫

語は「桐の花」で夏。好きな花だ。近くで見るよりも、遠くにぼおっと淡い色に霞んでいるほうが、私の好みには合う。掲句の花は、むろん遠景か近景かはわからないが、なんとなく遠景のそれのような気がする。それも雨にけぶっているとあっては、ますます私の感性は柔らかく刺激される。「その後は」の「その」が何を指しているのかは、これまたわからないのだけれど、この言い方はきわめて俳句的な省略の仕方によっている。私の読んだ感じでは,何か、とても心地良い体験のできた何かなのだと思われた。ある種の会合でもよし、また友人などとの交流でもよし。でも、ひょっとすると「その」は不祝儀かもしれないのだが、しかし葬儀にしても人が心地良く対するのは珍しいことではあるまい。そして「その」何かが終わって外に出てみたら、知らないうちに暖かい雨になっていて、充足した心で何気なく遠くを見やった先に、桐の花が美しくも淡く咲いていたというのである。このときに、「その」と省略された対象と桐の花の淡い紫色とは照応しあい溶けあって、読者の感性や想像力をそれこそ柔らかく刺激するのである。清少納言は「紫に咲きたるはなほおかしきに」と、この花を愛でた。平安期の昔から、どれほどの人が桐の花に癒されてきたことか。句の雨があがれば、郭公も鳴きだすだろう。初夏は、まことに美しい季節だ。『風のかけら』(2006)所収。(清水哲男)


May 1352006

 藤房の中に門灯点りけり

                           深見けん二

語は「藤(の)房」で春、「藤」に分類。美しい情景だ。このお宅では,門の上方から藤の蔓を寄せて垂らしているのだろう。たそがれどきになり門灯が点(とも)ると、いまを盛りの藤の花房を透かして、それが見えるのだ。藤の花も門灯も、ぼおっと霞んだように見え、それらが晩春のおぼろな大気の醸し出す雰囲気と溶け合って,さながら一幅の絵のごとしである。下手の横好きで写真に凝っている私としては、一読、撮りたいなあと思ってしまった。ただし、露出の具合が難しそうで、まず私ではとても上手には撮れないだろう。まごまごしているうちに、日が暮れてしまうだろう。近所に藤ならぬ薔薇の門を構えているお宅があって、今年も間もなく見事な花々が開く。これを昼間の明るい光線で撮っても、絵葉書みたいな平凡な写真になりそうなので、結局一度も撮ったことはない。で、掲句を知ったときに「これだっ」と興奮したけれど、念のためにと確かめに行ってみたら、門灯のない門だった。密集して咲く薔薇の花と門灯と……。これはこれで、掲句とは違った美しさが出るはずなので、残念至極である。いずれどこかで偶然に、そんな門構えの家を見つけるしか手段はない。揚句に戻れば、この構えの家を発見したときに、作者の練達をもってすれば、もう句は八分どおり成っていたも同然と言えようから、その意味では写生俳句と写真とはよく似ているところがある。いずれも発見する眼が大切であり、しかしその眼は一日にしては成らない。『日月』(2005)所収。(清水哲男)


May 1252006

 目覚めるといつも私が居て遺憾

                           池田澄子

季句。その通りっ、異議なしっ。「私」は邪魔くさい、「私」は面倒だ。「目覚める」ことは我にかえることだからして、毎朝「我」の存在にに気づかされる「私」は、それだけでもう、かなり疲れてしまう。「私」だから満員電車に乗って会社や学校に行かなければならないのだし、「私」だからみんなのパンを焼いたりゴミを出したりしなければならないのだ。この事態は、まことにもって極めて「遺憾(いかん)」なことではないか。「遺憾」とは、「思い通りにいかず心残りなこと。残念。気の毒」[広辞苑第五版]の意だ。この言葉は政治家の無責任な常套語みたいになっているので、その感じで読めば、掲句は滑稽な感じにも読める。だが、ある長患いの人が言っていた。「朝になると、病人の自分に嫌でも気づかされるんですよ。で、がっかりするんです。眠っている間に見る夢は、元気な時代のものが多くて、とても楽しいのに」と。また、ある高齢者は「夢の中ではスタスタと歩いている自分がいるんです。でも、目が覚めるとねえ……」とつぶやいた。こうした読者にとっては、掲句はとても切実で、切なく真に迫ってくるだろう。作者の池田さんには、早起きは苦手だとうかがったことがある。なにも好きこのんで、朝っぱらから「遺憾」な思いをすることはない、ということからなのだろう(か)。『たましいの話』(2005)所収。(清水哲男)




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