久しぶりに「キリ番」が近づいてきた。いや、なに、こっちの話ですが。むにゃむにゃ…。




2006ソスN5ソスソス2ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 0252006

 メーデーへ全開の天風おくる

                           辻田克巳

語は「メーデー」で春。二日つづきのメーデー句。「増俳」のこの十年間で、同じ季語の句を二日つづけたことはないはずだが、昨日、およそ四半世紀ぶりにメーデーに参加してきたので、まあ、その後遺症ということでして……(笑)。いや、「参加」ではなくて「見学」程度だったかな。掲句のように、まさに好天。ずいぶんと暑かったけれど、木陰に入ると優しく涼しい「風」が吹いていた。久しぶりにメイン会場に行ってみて印象深かったのは、昔に比べて極端に赤旗の数が減ったことだった。旗の数そのものは多いのだけれど、グリーンだとかブルーだとかと、マイルドな色彩の旗が八割くらいを占めていただろう。人民の血潮を象徴した赤い色は、もはや「平和」な時代にそぐわないということなのか。この現象は、現在の日本の労働組合のありようを、それこそそのまま象徴しているかに思えた。もう一つ、強く印象づけられたのは、私の若い頃とは違い、若者の参加者が極端に減っていることだった。男も女も、たいていが四十代後半以上と見える人たちばかりで、わずかに某医療施設から参加したという若い女性の看護士グループが目立っていた。ここにも、現今の労働組合活動の困難さがかいま見られて、寂しく思ったことである。会場で歌われた歌でも、私が知っていたのは「がんばろう」一曲のみ。かつての三池争議で盛んにうたわれた歌だ。どんなイベントであれ、様変わりしていくのは必然なのではあろうが、「全開の天」の下、しばし私は複雑な心境にとらわれたまま立っていたのであった。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


May 0152006

 制帽を正すメーデーの敵視あつめ

                           榎本冬一郎

語は「メーデー」で春。言わずとしれた労働者の祭典だ。日本では、1920年(大正九年)に上野公園で行われたのが最初である。掲句は警官の立場から詠んだ句で、まだ「闘うメーデー」の色彩の濃かったころの作句だ。現在のメーデーはすっかり様変わりしてしまい、警官の側にもこうした緊張感は薄れているのではあるまいか。変わったといえば、連合系のようにウイークデーの五月一日を避ける主催団体も出てきた。メーデー歌にある「全一日の休業は、社会の虚偽を打つものぞ」の精神を完全に見失ったという他はない。リストラに継ぐリストラを無策のままにゆるし、先輩たちが獲得した五月一日の既得権までをも放棄した姿は、現今の労働者の実際にも全くそぐわないものだ。むろん警官も労働者だが、せめて警官が「制帽を正す」ほどの緊張感のあるメーデーにすべきであろう。戦後すぐのNHKラジオが、メーデー歌の指導までやったという時代が嘘のようだ。宮本百合子の当時の文章に、こうある。「メーデーの行進が遮るものもなく日本の街々に溢れ、働くものの歌の声と跫足とが街々にとどろくということは、とりも直さず、これら行進する幾十万の勤労男女がそれをしんから希望し、理解し実行するなら、保守の力はしりぞけられ、日本もやがては働く人民の幸福ある国となる、その端緒は開かれたということではないだろうか」。いまとなっては、このあまりに楽天的な未来への読みの浅さが恨めしくなってくる。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


April 3042006

 春落葉病めば帰農の悔つのる

                           斎藤惣弥

語は「春落葉」。「落葉」といえば冬の季語だが、これは春になってから木々の葉の落ちること。常磐木(ときわぎ)の古葉などが、ほろほろと落ちる。華やかな春に感じられる侘しさである。作者は一度農業を捨てて、都会で働いていた。が、何らかの事情があって、再び故郷に戻り農業に就いたのである。都会に出たのは、元来が病弱だったためかもしれない。それが一大決心をして「帰農」したのだったが、激しい労働がたたってか、病いを得てしまった。農業が体力勝負であることは、サラリーマンのそれの比ではない。とりわけて農繁期に寝込んでしまうようなことがあったら、季節は待ってくれないから、その年の前途は絶望的である。「やっぱり、俺に帰農は無理だったか」。悔いて事態が動くわけでもないけれど、焦る気持ちのなかで、ますます「悔つのる」ばかりだ。健康なときには気にも止めなかった「春落葉」が、我が身心の痛みに重なって見え、やけに侘しい。最近では「定年帰農」などとと言い、定年退職後にサラリーマンから農業に転ずる人が増えているようだが、この場合は病いも大敵だが、老いの問題もあなどれない。私の田舎の友人はみな農業のプロだけれど、老いに抗して働くことの辛さは相当なもののようだ。農作業が機械化されたとはいっても、たとえばその機械を山の上の畑に運び上げるのには人力が必要である。それが、加齢とともに苦しくなってくる。農業の楽しさばかりが語られる昨今だが、資本である身体の病いや老いについても、掲句のようにもっと語る必要があるだろう。『俳諧歳時記・春』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)




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