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April 2542006

 相合傘の雫や春の鶴揺れて

                           鳥居真里子

語は「春の鶴」。ということになるが、はて「春の鶴」とは、どういう鶴を作者はイメージしているのか。秋に渡来し越冬した鶴は、春になると北に帰っていく。これを俳句では「引鶴(ひきづる)」と言い、春の季語としているが、この渡り鶴のことだろうか。「春の雁」という季語は定着しているので、その応用かもしれない。便宜上、当歳時記では「引鶴」に分類してはおくが、北海道に生息する「丹頂」は留鳥で渡らない。これもまた立派に「春の鶴」と言えるわけで、悩ましいところだ。それはさておき、一読、美しい句だと感じた。「相合傘」とはまた古風な物言いだけれど、むろん作者はそれを承知で使っているわけで、十分に効果的である。柔らかい春の雨のなか、肩を触れ合うようにして一本の傘に入って歩いている男と女。傘からは雨の「雫(しずく)」が垂れてきて、その雫を通して「春の鶴」が見えているのである。雫が垂れてくるたびに、鶴の姿はレンズを通したようにぼおっと揺れて拡大され、雫が落ちてしまうとその姿は遠くに去ってしまう。実際にはそんなふうには見えていなくても、句の作者の意図を汲めば、そうした美的な構図が浮かんでくる。相合傘は古風だけれど、句自体は雫を透かすという視点を得て、見事に新鮮でありロマンチックだ。いつまでも、このまま歩いていたい。傘の二人は、きっとそう思っているだろう。「俳句界」(2006年5月号)所載。(清水哲男)




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