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March 2132006

 春分の日なり雨なり草の上

                           林 翔

語は「春分の日」。彼岸の中日である。明日からは、日に日に昼の時間が長くなってゆく。春本番も間近だ。そんな気分でいるので、春分の日の雨も鬱陶しくはない。生えてきた草々の上に柔らかく降っている雨、これもまた良し。暖かい季節の到来がもうすぐだと思う心は、何に対してもひとりでに優しくなるようだ。「春分の日なり」そして「雨なり」の畳み掛けが、よく効いている。そして、それらをふんわりと受け止めるかのような「草の上」というさりげない措辞もまた……。「草の上」か……、実に的確だ。しかし、長年自由詩を書いてきた私からすると、この「草の上」と据える書き方は到底できないなあと、実は先程から少々めげている。「なり」「なり」という畳み掛けに似たような書き出しは何度か試みてきたし、これはむしろ自由詩のほうが得意な手法かとも思うのだが、まことにシンプルに、あるいは抽象的に「草の上」と押さえる勇気は出ないからだ。「草」といってもいろいろ種類もあるし、生えている状況もまちまちである。そのあたりのことを書き込まないと、どうも落ち着いた気分にはなれず、たとえ最後に「草の上」と書くにしても、なんじゃらかんじゃらと「草の上」を補強しておかずには不安でたまらない。すなわち、「なり」「なり」の畳み掛けのいわば風圧に耐えるべく、「草の上」と着地する前に、いろんなクッションを挟み込みたくなるというわけだ。それをしれっと「草の上」ですませられる俳句とは、まあ何と強靭な詩型であることか。詩の書き手としては、俳句に学ぶことが、まだ他にもイヤになるほど沢山ありそうな……。こいつぁ、春から頭がイタいぜ。『俳諧歳時記・春』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)


March 2132011

 雨寒し春分の日を暮れてまで

                           篠田悌二郎

るで今日という日に詠まれたような句だ。実際、昨日の天気予報によれば、今日は全国的に雨模様である。句では朝から春雨と呼ぶのがはばかられるような冷たい雨が降り、暮れてもなお降り続いている。晴れていれば、少しくらい寒くても「春分の日」と思うだけで心和むところだが、雨降りだと逆に「春分の日」であることが恨めしくさえ思えてくる。寒さが、ひとしお身にしみる。ましてや今年は地震津波による大災害のあとだけに、いっそう暗く寂しい思いに沈み込む人は多いだろう。祝日法では「春分の日」は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としているが、今年はすべての自然を素直に「たたえる」気にもなれない。週末あたりには桜が咲きはじめる地方もあるようだが、花見どころではない人たちのことを思うと、うかれ気分にはなれそうもない。いま全国でこの句を目にしているみなさんも、おそらく同じ気持ちでおられるだろう。『現代俳句歳時記』(1989・千曲秀版社)所載。(清水哲男)


March 1932014

 永すぎる春分の日の昼も夜も

                           江國 滋

月20日頃が春分の日とされる。母からは昔よく、この日を「春季皇霊祭」と聞かされた。戦前はそう呼ばれた宮中行事の一つだったが、今はその名称が語られることもなくなってきた。「自然をたたえ、生物を慈しむ日」と説明されている。知られている通り、滋は食道癌で1997年2月に入院した。入院してからさかんに俳句を作ったが、掲出句は同年3月20日に作られた六句のうちの一句。入院して病気と闘っている者にしてみれば、昼が夜よりも永くても短くても、いずれにせよ永い時間を持て余しているわけである。辛口で知られた滋らしい忿懣・不機嫌をうかがわせる句である。昼となく夜となく、ベッドの上で過ごしている病人にとっては、寝る間も惜しんで働く健康な人が羨ましいというか、恨めしい。3月19日の句に「『お食事』とは悲しからずや木の芽どき」がある。わかるわかる。滋は滋酔郎の俳号をもち癌と闘ったけれど、同年8月、62歳で亡くなった。『癌め』(1997)所収。(八木忠栄)




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