20年に及んだ新潮社テレホンサーピスの最終回収録が昨日で終了。峯卓人君、ありがとう。




2006ソスN3ソスソス1ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 0132006

 荒東風や喉元にある別の声

                           石原みどり

語は「(荒)東風(こち)」で春。冬の季節風である北風や西風が止むと、吹いてくる風だ。春の風ではあるが、まだ暖かい風とは言えず、寒さの抜けきれぬ感じが強い。菅原道真の歌「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな(「春な忘れそ」とも)」は有名だ。その東風の強いものを「荒東風」と呼ぶ。掲句は、そんな強風を「声」の様子で描いたところがユニークだ。あまりに風が強いために、自分の声が自分のそれではないように聞こえている。「喉元」では、たしかに自分の声として発しているのだけれど、出てくる声は似ても似つかない感じなのだ。したがって「喉元に別の声」というわけで、なんだか滑稽でもあり、情けなくもあり……。こういう体験がないので実感できないのは残念だが、要するに声の根っ子が安定していないので、「ふはふは」言ってる感じになるのだろうか。話は少しずれるけれど、声とはまことに微妙な産物で,こうした尋常ならざる条件下ではなくても、常に発声は不安定だと言っても過言ではないだろう。放送スタジオで、長年ヘッドホンをかぶって自分の声を聞いてきた体験からすると、毎日同じ声を出すなんてことはとてもできない相談である。毎日どころか、ちょっとした条件の違いで、そのたびに「喉元に別の声」があるような気にさせられてしまう。ましてや掲句のような大風ともなれば、如何ともし難い理屈だ。それにしても、面白いところに目をつけた句だと感心した。『炎環 新季語選』(2003)所載。(清水哲男)


February 2822006

 瀬の岩へ跳んで錢鳴る二月盡

                           秋元不死男

語は「二月盡(二月尽・にがつじん)」で春。二月も今日でお終いだ。頭では短い月とわかっていても、実際にお終いとなると、あらためてその短さが実感される。月のはじめには立春があり、だんだんと日照時間も伸びてきて、梅の開花もあるから、本格的な春ももう間近と心が弾む月末でもある。掲句の作者も、そんな気分だったのではあるまいか。おそらくは一人で、心地良い風に誘われて川辺を散策していたのだろう。あまりに気分が良いので、ほんのちょっぴり羽目を外すようにして、近くの「瀬の岩」にぴょんと跳び移ってみたのである。むろん難なく跳べたのだったが、跳んだはずみでズボンのポケットに入っていた小銭がちゃりちゃりっと鳴った。そういうことは普段でもよくあることだが、早春の良い気分のなかだと、いささか不似合いである。小銭には、小市民的な生活臭が染みついているからだ。ちゃりちゃりっと小さな音にしても、せっかくの浮き立った気分が、現実生活のことを持ち出されたようで台無しになってしまう。その少々水をさされた気分が、作者には「二月盡」の思いにぴったりと重なったというわけだ。春への途上の月ということで、終りまでなんとなく中途半端な感じのする二月にぴったりだと、苦笑しつつの句作であったにちがいない。ズボンのポケットに、バラの小銭を入れている男ならではの発想である。『俳句歳時記・春の部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)


February 2722006

 恵み雨深し独活の大木一夜松

                           田代松意

語は「独活(うど)」で春。作者は江戸談林派のトップ・クラスだった人だ。まあ、なんともものすごい句で、ここまで情趣もへったくれもないと、かえって清々する(かしらん)。「一夜松」は、菅原道真が亡くなった後、北野天神あたりに一晩で千本の松が生えたという故事による。とにかく、談林句を解釈するにはこういうことをよく知っていないと恥をかく。私などは「なんかイヤらしいなあ」と思ってしまうのだが、とにかくそのへんで人気があったのだから仕方がない。いまで言えば、さしずめクイズ狂みたいなところがないと、とても談林派では成功できなかっただろう。ええっと、それからなんだっけ(笑)。そうそう、「独活の大木」だ。こちらは、現代人でもわからない人のほうが少ない(と、思うけど)。図体ばかりが大きくて、役に立たない奴のことを言う。つまり掲句は、ひさしぶりに雨が降ってくれたおかげで、ありがたいことに「一夜松」のように「独活の大木」がたくさん育ったよと言っている。もちろん、大いなる皮肉だ。さすがは「恵みの雨」だよ、役立たずばっかりこさえやがって……。ったく、もう……。こんなところだろうか。恵みの雨とは言うけれど、他方では雑草だって生い茂らすし、良いことばかりじゃない。と、なかなかに理屈はまともなんだけど、道具立てが突飛というよりも大袈裟に過ぎるのだ。そこが談林の談林たるところ、絶大な人気のあった所以なのです。ま、こういう句もたまには良いかもね、春じゃもの。(清水哲男)




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