「立春寒波」と気象情報。毎年のことながら「春は名のみの……」と口をついて出てくる。




2006年2月4日の句(前日までの二句を含む)

February 0422006

 じろ飴をたぐりからめて春めく日

                           菅原美沙緒

語は「春めく」。立春を過ぎても、まだまだ寒い日がつづく。ただそんななかにも,目にする風物や肌に触れる大気に、だんだん春の気配が感じられるようになってくる。昔はこの季語に触れると、誰もが心のなごむ思いがしたものだが、近年では花粉症の方が爆発的に増えてきたので、そうもいかなくなってきた。この季語の心的方向については、そろそろ変更する必要がありそうだ。掲句は、昔のままの「春めく」の感覚でよい。いきなり「じろ飴」を持ってきたところで、句は半ば以上成功を約束されたも同然だ。一瞬意外な感じがするが、この句を「じろ飴」のように「たぐりからめて」読んでみると、なるほど句の空気が少しずつ春めいてくる。「じろ飴」は、金沢・俵屋の江戸時代からつづく名物飴だ。「じろ」は同地方の方言で「汁」を意味するらしいが、要するに砂糖を使用せず米と麦芽だけで作った水飴である。私も子供のころ、よく水飴を箸に巻きつけて舐めたけれど、俵屋のものではなかっただろう。といって頻繁に舐めた覚えはないから、風邪薬代わりだったような気もする。もう何十年も口にしたことはないけれど、味や舌の感触はかなりよく覚えている。子供にはいささか甘味不足で物足りなく思えたが、まあいわゆる上品な味だったというわけだ。最近、ときどき発作的に甘いものがほしくなる。そのうちに、一度試してみたい。『現代俳句歳時記・冬』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


February 0322006

 日向ぼこ呼ばれて去ればそれきりに

                           中村汀女

語は「日向ぼこ」で冬。リルケに「老人("Greise")」という短編がある。七十五歳になったペーター・ニコラスは毎朝、市の公園に不自由な足で日向ぼこに出かけていく。菩提樹の下のベンチに坐るのだが、彼は真ん中に,そして両側にはいつも近くの(森林太郎、つまり鴎外の訳によれば)「貧院」からやってくる彼よりも少し年長の男が一人ずつ坐る。ベビイとクリストフだ。三人の坐る場所は変わらず、儀礼的な挨拶はするけれど,親しく話し合うということはない。やがて正午になると、彼だけには可愛らしい孫娘の声が耳元でささやく。「おじいさん、お午(おひる)」。そうして二人はいつも決まった時間に家に戻っていき、残された二人の老人は、黙って彼らの後ろ姿が消えるまで見送る。で、むろん「それきりに」なってしまう。しかし、たまにどうかすると、その孫娘が摘んできた草花が二、三本落ちていることがある。すると老人の一人が恥ずかしそうにそれを拾い、片方の老人はといえば、馬鹿らしそうにその姿を見ているだけだ。「併し貧院に戻り着くと、ベビイが先に部屋に入つて、偶然の様にコツプに水を入れて窓の縁に置く。そして一番暗い部屋に腰かけて、クリストフが拾つて来た花をそれに挿すのを見てゐる」。物語は、ここでお終い。掲句の鑑賞も、この短編に含まれていると思うので、今日はこれでお終いです。『女流俳句集成』(1999)所載。(清水哲男)


February 0222006

 零下三十度旭川駅弁声を出す

                           北見弟花

語は「零下(氷点下)」、「氷」に分類。零下三十度。これまでに経験したこともないし、これからもないだろう。いろいろと話には聞くけれど、体験者にしかわからない厳寒である。早朝だろうか。そんな寒さのなかでも、旭川駅ではワゴン車を押して駅弁を売っているという。この句を素直に受け取れば、駅弁が「声」を出していることになるが、おそらくはワゴン車での人の売り声が、あたかも弁当そのものが発しているように聞こえたのだと思う。では、どんな売り声なのだろうか。ネツトとはありがたいもので、ちゃんとここで聞くことができた。一月二十四日の録音だから、まさに厳寒期の売り声だ。よく耳をすまさないと、何を言っているのだかわからない。察するに、とにかく寒さが先にたって、声を発するのが辛そうである。そして一度声を出したら、途切れないように出しつづけないと次が出てこないような感じだ。クラシックな駅弁売り独特ののんびりしたトーンは微塵もなく、せかせかした調子で、ほとんどわめき声のように聞こえてしまう。ただただ「ご苦労さん」と言うしかないが、なるほどこの声は弁当そのものが発していると聞きなすこともできそうである。寒い寒いと、弁当までもが唸っているのだ。想像するに、汽車の窓が開いた時代でも、冬季は客が乗り込まないうちに売るために、こうした声を出しての商売をしていたのだろう。ちなみに、これもネットからの知識だが、旭川駅の弁当販売を一手に引き受けている会社の名前を「旭川駅立売株式会社」と言う。『2006詩歌句年鑑』所載。(清水哲男)




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