November 15112005

 重ね着の中に女のはだかあり

                           日野草城

語は「重ね着」で冬。寒いので、何枚も重ねて着ること。暖房の不完全な時代の寒さしのぎには、とりあえずこれしかテがなかった。掲句はそんな重ね着姿の女性を目にして、咄嗟にできたのだと思う。頭の中で、こねくりまわした句ではない。でも当たり前じゃないか、などとは言うなかれ。重ね着であろうがなかろうが、何をどう着てても「中に女のはだか」はあるのだけれど、しかし作者は重ね着だからこそ「はだか」を感じているのである。というのも、重ね着はさして人目を気にしない無造作な着方だからだ。ファッションもコーディネートもあらばこそ、とにかく寒いので、そこらへんのものを着込んでしまう。傍目からは、もうモコモコ状態である。きちんと着たときには、衣服は身体そのものと化すが、モコモコのときの衣服は身体とは遊離して見えてしまう。つまり衣服は衣服として、「はだか」は「はだか」として別々の存在と写るわけだ。モコモコだと、これはもうズボッと簡単に抜けてしまいそうに思われる。だから咄嗟の印象が、はだかにつながったと読むべきだろう。着込めば着込むほどに、かえって「中のはだか」を意識させるところが面白い。加えて、着込んだ当人にその自覚がまったくないところが、ますます面白い。人間心理の綾とでも言うべきか。世の中、誰が何をどう見て何を感じているのか。油断もスキもあったものではない。『新歳時記・冬』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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