「続けよ」というアンケートでの圧倒的なご要望。ありがたく考えさせていただきます。




2005ソスN7ソスソス27ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 2772005

 銀座には銀座のセンス夏帽子

                           松本青風

語は「夏帽子」。麦わら帽、登山帽、パナマ帽など、夏用の帽子ならいずれでもよい。まだ帽子をかぶる人の多かったころの銀座の夏。思い思いの夏帽子をかぶった人が、行き交っている。作者自身もかぶっているのだろうが、人々の帽子姿を眺めているうちに、おのずから銀座という街に似合っている帽子とそうでないものとが判然としてきた。すなわち「銀座には銀座のセンス」というものがあるのだ。最新流行と称されるものや高価そうなものが、必ずしもこの街に似合うとは言えない。現在にも増して、昔の銀座は保守的な街だったから、そこでのセンスを身につけるためには、やはりそれなりの年期が必要だったろう。私の観察してきたところでも、銀座には発売中のファッション雑誌から抜け出てきたようないでたちの人は、まず登場してこない。そういう人たちは最初に新宿や澁谷などに出現し、彼らのファッションが相当にこなれてきた段階で、ようやく銀座にもぽつりぽつりと姿を現しはじめるのだ。むろん例外はいくらでもあるけれど、大筋はそういうところに収まってきている。そして銀座に限ったことではなく、どこの街にもそれぞれに固有のセンスがあるのは面白い。たとえば心斎橋には心斎橋の、博多に博多のセンスがあって、旅行者として街を歩いているとよくわかる。と同時に、旅先の街のセンスには、自分が他所者でしかないことを思い知らされるのでもある。『俳諧歳時記・夏』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)


July 2672005

 昭和ヒトケタ夾竹桃は激流なり

                           富田敏子

語は「夾竹桃(きょうちくとう)」で夏。花期の長さは百日紅(さるすべり)に負けず劣らずで、秋になっても咲いている。とにかく頑健という印象が濃い。昔から毒性があると言われ(実際、強心作用のある物質を含むという)、一般家庭の庭などからは忌避されてきた。しかし、乾燥状態や排気ガスなどの公害物質にもめっぽう強いので、工場の周辺だとか高速道路脇などに多く植えられている。句の「昭和ヒトケタ」は、昭和の初年から九年までの生まれを指す。この世代はいちばん若い人でも、敗戦時には小学校(当時は「国民学校」の名称)の高学年であった。敗戦の意味もわかり、口惜しい思いもし、以後の混乱期の大変さを体感している。だから、この世代が夾竹桃の咲く季節になると必ず思い起こすのは、いまと変わらずピンクや白の花が咲き誇っていた往時のことどもだろう。まさに激動の時代、炎天下でのしたたる汗をこらえるようにして、数々の受苦をじっと耐え忍ぶしかなかった時代のあれこれのこと……。そういうことどもからすれば、群生する夾竹桃はただ単にそこに立って或る植物というよりも、むしろ激しく心をかき乱しに押し寄せてくる「激流」のようではないか。いや、激流そのものなのだ。この世代の人はみな、いまや七十代である。その七十代に、今年の夏もまた激流が押し寄せてきた。『ものくろうむ』(2003)所収。(清水哲男)


July 2572005

 艶めくや女男と冷蔵庫

                           村岸明子

語は「冷蔵庫」で夏。むっ、こりゃ何だ。ぱっと読んだだけでは、わからなかった。雑誌などでたくさんの句を流し読んでいるうちに、そんな思いで目に引っかかってくる作品がある。わからないのなら飛ばしてしまえばよいものを、気にかかったまま次へと読み過ごすのも癪なので、たいていはそこで立ち止まって考える。そんな性分だ。いや、損な性分かな。掲句もその一つで、しばし黙考。なかなか解けないので、煙草に火をつける。と、やがて紫煙の向うから、この女と男の情景がぼんやりと姿を現してきた。そうか、そういうことなのか……。なるほど「艶めく」はずである。現われた情景は、電化製品売り場だった。そこで、若いカップルが「冷蔵庫」を選んでいる。ただそれだけの図なのだが、通りかかった作者には、その「女」が妙に艶めいて見えたのだった。これがたとえば書籍売り場だったりしたら、そういうふうには見えないだろう。冷蔵庫は、生活のための道具である。つまり、生活の匂いがある。それを二人で選んでいるということは、二人が同じ家で共に暮らそうとしているか、既に暮らしている事を前提にしているわけだ。だから、他の場所だったら何気なく見逃してしまうはずの見知らぬ「女」に目が行き、表情の微細な「艶」までを読み取ったのである。冷蔵庫を二人で選ぶという行為には、公衆の面前ながら、そこからもう二人きりの生活がはじまっていると言ってもよい。女性が艶めくのも、当然といえば当然だろう。句として少々こなれが悪いのは残念だけれど、突いているポイントは鋭い。俳誌「貂」(2005年8月・第119号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます