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May 0252005

 田植ぐみ子が一人ゐて揺りゐたり

                           若色如月

夏茱萸
語は「田植ぐみ」。この言い方は知らなかったが、句景からして「苗代茱萸(なわしろぐみ)」とも言う「夏茱萸」のことだろう。秋に実をつけるのが「秋茱萸」だ。私が俳句を愛好する理由のひとつは、ときどきこうした懐かしい光景に出会えるからである。二十年も三十年も忘れてしまっていた世界が、すっと眼前に立ち現われてくる喜びは、俳句ならではのものだ。少年時代の思い出にそくして言えば、掲句は一家総出での田植えの一齣である。昔の田植えはとにかく手間がかかったから、夜明けとともに田圃に入り、日暮れ時まで植えつづけた。自分の家の真ん前の田に出るのならばともかく、遠く離れた田圃だと、昼食をとりに家に戻るなどという余裕は無い。だから、文字通りに一家総出で出かけていく。あぜ道に篭を置いて、なかに赤ん坊を寝かせておくなども当たり前の情景だった。年寄りから小学生まで、植えられる人間はみんな田圃に入ったものだった。そんなわけで、句の「子」はまだ手伝いのできない小さい子だと思う。退屈してきたので、近くの山薮のなかに入って「ぐみ」を取っているのだ。田圃のなかから眺めやると、葉がくれの小さい子の姿に重なって、ちらちらと赤い実が揺れている。ただそれだけのことながら、かつての農村に育った者には、ふるいつきたいくらいの懐かしい光景だろう。写真は、このサイトより拝借。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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