蟄」隱槭′縺ソ縺ゥ繧翫ョ譌・縺ョ句

April 2942005

 千代田区の柳は無聊みどりの日

                           大畠新草

語は「みどりの日」。東京都千代田区は、お隣りの中央区と並んで定住者が少ない。夜間の人口は激減する。「昭和35年の12万人(住民基本台帳人口)をピークに区の人口は減り続け、平成11年1月には3万9千567人となっています。人口の減少により、地域のコミュニティが衰退し、生活関連の商店が減少するなど、区民生活に大きな影響を与えています」(千代田区ホームページ)。戦後いちはやく麹町区と神田区が合併してできた区だが、焼け野原だった当時の人口が3万人ほどだったそうだから、ほぼそのレベルに戻ってしまったわけだ。したがって、平日はビジネスマンなどでにぎわう街も、休祝日にはさながらゴーストタウンと化してしまう。私は皇居半蔵門前の放送局で働いていたので、この言い方は誇張ではない。食堂なども店を休んでしまうので、ホテルのレストランで高いランチを食べなければならなかった。掲句はそんな祝日の千代田区を詠んでいて、私などには大いに腑に落ちる。「みどりの日」というのに、せっかく青々としている「柳」も「無聊(ぶりょう)」のふうだ。みずみずしいはずの街路の柳も、なんとなくだらりと垂れ下がっているだけのような……。今日は昭和の時代には天皇誕生日だったので、千代田区千代田1-1というアドレスを持つ皇居の溢れんばかりの「みどり」も、句の背景に滲んで見える。昭和も遠くなりにけり。この句には、ちらりとそんな隠し味が仕込まれていると読んだ。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


May 0352012

 あふれさうな臓器抱へてみどりの日

                           小川楓子

われてみるとおなかの中には胃から腸から肝臓やすい臓にいたるまでさまざまな臓器がひしめいている。普段健康でいると、見えない臓器なんぞ気にもとめないが、一つ不調になるだけでたちまちのうちに日常生活に支障をきたすだろう。内視鏡検査で咽喉から胃壁に降りてゆくカメラで薄赤い内部を見る機会があったが変なものが見えてしまったら怖いのでひたすら視線を逸らして検査に耐えていた。輝く新緑のただなかに立つ人間それぞれが、あふれそうな臓器を抱えていると思うと少し薄気味悪く思える。「あふれそうな」は臓器とみどりと双方にかかっているが、みずみずしい季節を象徴する「みどり」と「臓器」の生々しさと結び付けることで予定調和的なリリシズムから一歩踏み出している。『超新撰21』(2010)所載。(三宅やよい)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます