丹羽文雄100歳の死。大往生と見出しをつけた新聞も。読みにくい原稿を書く人だった。




2005ソスN4ソスソス21ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 2142005

 よく見れば薺花さく垣ねかな

                           松尾芭蕉

語は「薺(なずな)の花」。春の七草の一つで、実の形が三味線のバチに似ていることから、俗に「ぺんぺん草」あるいは「三味線草」と言うが、こちらの名前のほうがポピュラーだろう。日頃見慣れている「垣ね」に何気なく目をやったら、いつもの趣とはちょっと違うことに気がついた。何やら小さな白いものが混じっている。そこで「よく見た」ところ、薺の花だったと言うのだ。見たままそのまんまを描いているだけなので、思わず「それはわかりましたが、それがどうかしたのですか」と聞きたくなる読者もいそうである。少なくとも、かつての私はそうだった。が、よくよく繰り返し考えるうちに、この句は薺の花を発見する以前の垣根の変化への気づきを書いたのだと思えてきたのだった。つまり「よく見れば」の前の「よく見ない」状態のときに、ふっといつもとは違う風情を感じたそのことを詠んだのだと……。句に書かれていることは、その気づきが外れていなかったことの証明書みたいなものに過ぎなく、作者はむしろそれ以前の段階での感覚的な世界をこそ指さしたかったのではあるまいか。すなわち、季節の移ろいとともに微細に変化する自然に、いちはやく気づいたことへの喜びと、もう一つはむろん待ちかねた春到来の喜びとが重ねあわされているのだ。わざわざ「よく見れば」を初句に置いたのは、まだ「よく見ない」ときに感じた嬉しい心持ちの強さをあらわしているのだと思う。(清水哲男)


April 2042005

 小酒屋の皿に春行く卵かな

                           常世田長翠

語は「春行く(「行く春」「逝春」などとも)」。別の季語「暮の春」と同じ時期のことを言うが、「春行く」というと春を惜しむ詠嘆が加わる。江戸期の句。昼下がり。旅の途中で、街道沿いの「小酒屋」の縁台にでも腰を下ろして小休止している図だろう。親爺に一本つけてもらって、茹で卵を肴にちびちびとやっている。束の間の旅の楽しみ、道行く人を眺めたり、黄を散らしている周辺の山吹をあらためて眺めやったり……。そして手元の「皿」には、真っ白な卵の影がやわらかくさしている。そろそろ今年の春もおしまいだな。そんな様子と気分を、軽やかにも自然な調子で「皿に春行く」と言い止めた。読者に、何の技巧的な企みも感じさせない技巧。実に見事なものではないか。この句と作者については、俳誌「梟」(2005年4月号)ではじめて知った。作者のプロフィールを、矢島渚男の紹介文からそのまま引いておく。「常世田長翠(とこよだちょうすい・1730〜1813)は下総の国匝瑳(そうさ)郡の出身。加舎白雄第一の弟子となり、その春秋庵を継いだが三年ほどで人に譲って流浪し、晩年は出羽の国に送った。この句は酒田市光丘図書館所蔵『長翠自筆句帳』に収められている」。となれば、掲句は流浪の途次での即吟か。急ぐ旅でもないだけに、句にたしかな余裕があり腰が坐っている。(清水哲男)


April 1942005

 骨壺の蓋のあきゐる朧月

                           川村智香子

語は「朧月(おぼろづき)」で春。柔らかく甘く霞んだような春の月のこと。句は実景であっても、そうでなくてもよいだろう。安置された「骨壺」には、まだ逝って間もない人の骨が入っている。なぜ「蓋」があいているのかはわからない。実景だとすれば、たまたま何かの拍子にあいてしまったのが、そのままになっていたのだ。実景でないとすれば、なおこの世にとどまっている霊魂が内側からそっと押し上げたのかもしれない。いずれにしても、掲句は幻想的な春の浮き世の空間に、冷厳なる死という現実をかすかに触れ合わせることにより、読者の心胆をゆすぶることに成功している。朧月にふうわりとした情緒を感じる人も心も、やがては例外無く骨壺に入ることになるのだ。人はみな死ぬのだということを、艶なる春の宵に認識してしまった作者の心の震えもよく伝わってくる。句集のあとがきによれば、まだ若い日に義兄がたった三ヶ月の入院の後で亡くなってしまい、急に死が身近に感じられ、そのことが後の句作りへのきっかけになったとある。だから、その折りのことを思い出しての句かもしれない。では、句が実景だとして、作者はこのときに蓋をしめただろうか。私は、すぐにはしめられなかったと思う。死を身近に感じた生者は、その瞬間にほとんど死の入り口に立ったようなものだからだ。骨壺のなかにいるのが半分くらいはおのれ自身であるときに、簡単には蓋をしめられるわけがないのである。『空箱(からばこ)』(2005)所収。(清水哲男)




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