昨春の東京では今ごろは満開だった。今日は暖かくなりそう。いくら何でも咲くだろう。




2005ソスN3ソスソス31ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 3132005

 春や一億蝋人形の含み針

                           豊口陽子

が、どこで切れているのか。しばし迷った。大宅壮一の「一億総白痴化」じゃないけれど、最初は「一億蝋人形」(化)するのかとも考えた。でも、そう読むと、あまりにも構図が単純になってしまい、しかも押し付けがましくなる。私もあなたも「蝋人形」というわけで、決めつけが強引に過ぎるからだ。で、素直に「春や一億」で切ってみた。そうすると、一億の民みんなに春が訪れたと受け取れ,ほとんど「春や春」と同義になる。情景がぱっと明るくなり,蝋人形とのコントラストが鮮明になる。「含み針」は、口に含んだ短い針を敵に吹きつけて攻撃する一種の飛び道具だ。実際に使われたものかどうかは知らないが,時代物の小説などにはよく出てくる。作者は「春や一億」の明るいイメージは、つまるところ表層的なそれに過ぎず,その深層には正体不明の蝋人形がいて、それも含み針を口中に,一億の能天気に一針お見舞いすべく隙をうかがっていると詠んでいる。この、言い知れぬ不安……。蝋人形は不気味だ。どんなに明るい表情に作られていても,その一瞬の表情や仕草が永久に固定されていることから、本物の人間との差異が強調されてしまうからだ。身体的にも精神的にも,およそ運動というものがないのである。いま思い出したが,西條八十が若い頃、空に浮かんだ蝋人形の詩を書いている。八十は不気味にではなく,耽美的に蝋人形をとらえているのだが、私などにはやはり病的な不気味さばかりが印象づけられた世界であった。『薮姫』(2005)所収。(清水哲男)


March 3032005

 水金地火木土天海冥石鹸玉

                           守屋明俊

語は「石鹸玉(しゃぼんだま)」で春。「水金地火木土天海冥(すい・きん・ち・か・もく・ど・てん・かい・めい)」は、水星から冥王星まで,惑星を太陽に近い順に並べた覚え方だ。昔,小学校の教室で習った。先生は「ど・てん・かい・めい」と平板に流さず,この部分を「どってんかいめい」とまるで一語のように発音されたことを覚えている。とかくあやふやになりがちな後半の部分を,強く印象づけようという教授法だったのだろう。おかげて私たちは、惑星というと、前半よりもむしろ「どってんかいめい」のほうに親近感を覚えることになった。さて、掲句。楽しい連想句だ。いくつも「石鹸玉」が飛んでいるのを眺めているうちに,作者はふっと「どってんかいめい」を思い出したのだろう。といって、石鹸玉に宇宙的な神秘性を感じているのでもなければ、両者ともにいずれは消滅してしまうという共通点にものの哀れを感じているのでもない。ふわふわと飛び交う五色の玉の仲間に、巨大な惑星の玉を入れてやることにより,春のひとときの楽しい気持ちがいっそう膨らんでくる。そんな作者の弾んだ気持ちを、読者にもお裾分けした句とでも言うべきか。上五中七で何事がはじまるのかと思わせておいて,最後に可愛らしい「石鹸玉」を差し出してみせた茶目っ気もよく効いている。漢字のみの句は理に落ちる場合が多いが,それがないところにも好感を持った。「俳句研究」(2005年4月号)所載。(清水哲男)


March 2932005

 春霰へグラビア雑誌かざしけり

                           松村武雄

語は「春霰(しゅんさん)」,「春の霰(あられ)」に分類。ときに大粒のものが降り,せっかく塗った田の畦に穴をあけたり,木の芽や若葉を傷めたりすることがある。そんなときならぬ春の霰に,咄嗟に「グラビア雑誌」をかざしたと言うのである。むろん、カバンのなかからわざわざ雑誌を取り出したのではなく、さっきまでたとえば電車のなかで開いていたのを、そのまま手にしていたのだ。かざしたのがカバンや新聞だったらさほど絵にはならないけれど、たまたまグラビア雑誌だったので、絵になり句になった。その薄くて大判の雑誌の表紙には,華やかな春の景物が載せられていただろう。かざしながら訝しげに上空を見やる作者の目には,にわかにかき曇った灰色の空と明るい表紙とが同時に飛び込んでいる。パラパラと表紙をうつ霰の音もする。この季節外れの自然のいたずらは、しかし作者にはちっとも不快ではない。どこかで、春の椿事を楽しんでいる様子すらうかがえる。それもこれもが、やはりグラビア誌の明るい表紙のおかげだと読めた。グラビア誌といえば、数年前に「アサヒグラフ」が休刊して以来,この国から本格的なグラビア専門誌が姿を消したままになっているのは寂しい。海の向こうの代表格は,なんといっても「LIFE」だ。つい最近知ったのだが,この雑誌がヘミングウェイの『老人と海』を一挙掲載した号(1952)は,48時間で500万部以上を売り上げたという。遺句集『雪間以後』(2003)所収。(清水哲男)




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