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2004ソスN12ソスソス9ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 09122004

 すき焼やいつもふらりと帰省の子

                           永井みえ子

語は「すき焼(鋤焼)」で冬。都会の大学に通っている息子が、この冬も「ふらりと帰省」してきた。帰ってくるときには、電話くらいしなさい。いつもそう言っているのに、今度もまた「ふらり」である。ちょっとまた小言を言ったものの、母である作者はとても嬉しい。さっそく、夕飯は「すき焼」のご馳走だ。そんな息子だから、肉をつつきながらもほとんど物は言わないのだろう。それでも、そわそわ浮き浮きとしている作者の顔が目に浮かぶ。照れくさいんだよね、久しぶりの我が家は……。牛肉、ねぎ、焼き豆腐、しらたき、春菊、白菜、稀には松茸等々。昔は、父親のボーナス日くらいしか、めったにお目にかかれない「大ご馳走」だった。だが、掲句に水をかけるわけではないけれど、最近の子供や若者には人気がないという。子供らにいたっては、マクドナルドのハンバーガーのほうが美味いと言うそうである。たしか、ねじめ正一が自分の息子たちを観察して、そんなことを書いていた。さも、ありなん。原因は、現代の肉の潤沢さにあるのだと思う。ちゃんとした牛肉は高価ではあるが、昔ほどではない。あのころは、大人も子供もとにかく肉に飢えていたので、目の色を変えて鋤焼をつついたものだった。鍋に残った肉汁を、いじましくもご飯にかけて食べもした。往時茫々。ならばいまどきの母親は、帰省してきた子に、何をもってご馳走とするのだろうか。『新歳時記・冬』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


December 08122004

 鰤にみとれて十二月八日朝了る

                           加藤楸邨

語は「鰤(ぶり)」で冬。「十二月八日」は、先の大戦の開戦日(1941)だ。朝市だろうか。見事な鰤に「みとれて」いるうちに、例年のこの日であれば忸怩たる思いがわいてくるものを、そのようなこともなく過ぎてしまったと言うのである。平和のありがたさ。以下は、無着成恭(現・泉福寺住職)のネット発言から。「私はその時、旧制中学の2年生でした。校庭は霜で真白でしたが、その校庭に私たち千名の生徒が裸足で整列させられ、校長から宣戦布告の訓辞を聞いたのでした。六十二年も前、自分がまだ十五才の時の話ですが、十二月八日と言えば、私が鮮明に思い出すのはそのことです。お釈迦様が悟りをひらかれた成道会のことではありません。今、七十五才ぐらいから、上のお年の人はみんなそうなのではないでしょうか。加藤楸邨という俳人の句に『十二月八日の霜の屋根幾万』というのがありますが、霜の屋根幾万の下に、日本人私たちが、軍艦マーチにつづいて『帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れリ』という放送を聞いた時、一瞬シーンとなり、そのあとわけもなく興奮した異常な緊張感が、この句には実によくでていると思います。あのとき味わった悲愴な感慨を、六十二年後、十二月八日から一日遅れた、十二月九日に味わうことになってしまいました。それは小泉純一郎首相による自衛隊の『イラク派遣基本計画閣議決定』の発表です。私はこれを六十二年前の宣戦布告と同じ重さで受取り、体がふるえました。こういうことを言う総理大臣を選んだ日本人はどこまでバカなんだ」(後略)。『加藤楸邨句集』(2004・芸林21世紀文庫)所収。(清水哲男)


December 07122004

 ケータイのあかりが一つ冬の橋

                           坪内稔典

ましたっ。パソコンを詠んだ句は散見するようになったが、携帯電話の句はまだ珍しい。俳人には高齢者が多いので、装置そのものを持っていないか、持っていても若者のように頻繁に使ったりはしないからだろう。要するに、あまり馴染みがないのである。加えて、携帯電話を「携帯」と略すことにも抵抗がある。句に「携帯」と詠み込んだだけでは、厳密に言えば何を携帯しているのか、意味不明になってしまう。そこで作者は「携帯」とせずに、片仮名で「ケータイ」とやった。この表記だと、読者にも当今流行のアレだなと見当がつく。さて、寒くて暗くて長い「冬の橋」。人通りも少なく、閑散としている。作者は、その橋を少し遠くから眺めている恰好だ。と、そこへ「ケータイ」を持った人が通りかかった。男か女かもわからないけれど、小さな液晶画面のバックライトだけが、明滅するかのように動いてゆく様がうかがえる。いったい、こんなところでこんな時間に、誰が何のために何を発信しているのだろうか。蛍の光ほどの淡い「あかり」のゆっくりとした移動を見ているうちに、しかし作者は持ち主である人間のことを次第に忘れてしまい、なんだか「あかり」だけが生きて橋を渡っているかのように思えてくるのだった。これぞ「平成浮世絵」の一枚だなと、読んだ途端に思ったことである。『俳句年鑑・2005年版』(2004・角川書店)所載。(清水哲男)




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