こんなことを始めました。「私の昭和史」。ご用とお急ぎでない方は見てやって下さい。




2004ソスN10ソスソス18ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 18102004

 コスモスと少年ほかは忘れたり

                           藤村真理

語は「コスモス」で秋。いつ頃のことだったのか。その場所がどこであったのか。その少年は誰だったのか。さらに言うならば、あれは現実の情景だったのか、それとも夢だったのだろうか。ともかくコスモスの咲き乱れるなかに、一人の少年がぽつねんとたたずんでいた。それがこの季節になると、今も鮮やかな印象として蘇ってくる。しかし、その他のことは何も思い出せない。別にもどかしいというのではなく、むしろそのほうがすっきりとした気分だ。「忘れたり」の断言が、作者のそんな気分を物語っている。心理学的には説明がつく現象かもしれないのだが、こうした種類の記憶は誰にでもありそうだ。少なくとも私には、ある。このところ自分の過去を、言葉ではなく、なるべくビジュアルに表現することはできないものかと考えてみている。ほんのお遊びみたいなものだが、その過程で、あらためて記憶というもののキーになっているのは、ほとんどが映像だということに気がついた。言葉は、映像の周辺でうろうろしているに過ぎない。だから余計に掲句に反応したところもあると思うけれど、人間の得る情報の70パーセントは視覚からによるという説もある。いささか目が不自由になってきて、パーセンテージはともかく、見えること、見ることの大切さが骨身にしみてわかってきた。『からり』(2004)所収。(清水哲男)


October 17102004

 紙袋たたまれ秋の表側

                           上田睦子

暴にではなく、きちんと「たたまれ」た「紙袋」でなければならない。その姿を「秋の表側」としたメタフィジカルな比喩を面白く感じた。輪郭がはっきりとし、全容はくっきりと冴えて見えている。よく晴れた秋の日の万象の様子と、いかにも気持ちよく通じ合っている。このときに、秋の裏側とは長雨などの暗いイメージだろう。このように季節に表裏や奥行きというものを認めるとすれば、秋はまずどの季節よりも表側を見せて近寄ってくるのではなかろうか。はっきりと、くっきりと鮮明なイメージこそ、秋にふさわしい。これがたとえば春であると、鮮明度はおぼろにして低いと言えるだろう。春は季節の表側からではなく、少し内側から立ち現れると言うべきか。夏はと言えば、かっと燃えている奥の奥をあからさまにさらしてくる。人は常に身構えて迎えるのだが、しかしいつしか精魂もつきて崩れ落ちてしまう。冬には、少しややこしいが、すべての季節の裏側が表側だというイメージが濃い。雪はその代表格で、あらゆる物のエッジを削ぎ落とすように消滅させてしまう。伴って、人の心も内へ内へと食い込みがちだ。これらの季節はさながら回り舞台のように、私たちの目を見張らせ、心を動かし、さらには身体を支配してくる。今日もまた、ひそやかに少しずつ舞台は回っている……。秋の表側にも、だんだん裏側が透けて滲んでくる。『木が歩きくる』(2004)所収。(清水哲男)


October 16102004

 司書ひとりこほろぎのごとキーを打つ

                           山田弘子

語は「こほろぎ(蟋蟀)」で秋。ここ何年か、パソコンの普及に伴って、パソコンに取材した句をちらほらと見かけるようになった。たいていは理屈っぽくて難しいとか、うまく「キー」が打てないとかと、当事者の句が多いなかで、掲句は他人とパソコンとの関わりあいの様子を詠んでいる。それだけ、客観素材としてもパソコンが定着してきたということだ。もう中学生あたりが打っていても、誰も驚かなくなった。「司書」とあるから、図書館での印象である。一心にタイピングをしている司書の様子が、なんだか「こほろぎ」みたいだと思ったところがユニークだ。言われてみればなるほど、一点を見つめて少し前屈みになった姿勢であるとか、タイプする音の軽やかにして単調な調子も蟋蟀の鳴き声に似ていなくもない。ここで私は司書その人の姿を想像してみて、ふっとディズニー・アニメにしばしば狂言まわしとして登場する中年の蟋蟀を思い浮かべた。ああした職務には忠実で熱心で、しかしどこか軽くて愛敬のあるキャラクターである。句の司書はパソコンを自在に打っているので、実際は中年には少し間のある年齢かもしれないが、ほとんど近未来のディズニー蟋蟀候補と思えば間違いないような気がする。いずれにしても、とうとうパソコンを操る人が、ごく普通に俳句のなかに溶け込んできたという意味で、私には記憶しておくべき一句となった。「俳句研究」(2004年11月号)所載。(清水哲男)




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