イラク戦争で死亡した米兵の45%が貧しい小さな町の出身者だという。詳しくはここで。




2004ソスN7ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 1972004

 夏休み生徒の席に座りみる

                           中田尚子

者は中学教師だ。夏休み中に、仕事で学校に出かけた。誰もいないがらんとした教室で、ふと気まぐれに「生徒の席に」座ってみたというのである。それだけのことなのだが、そこで作者の感じたことは「それだけのこと」を大きく越えていただろう。生徒の席から見えるものは、教壇からのそれとはだいぶ異る。たった数メートルの位置の差しかないのだけれど、目をやる方向が逆になることによって、目線も低くなるし、同じ教室とは思えないような雰囲気に囲まれる。「それだけ」でも新鮮な発見だったろうが、このときに作者に更に見えてきたのは、いつも教壇に立って教えている自分自身の姿だったはずである。生徒たちには、いったい自分がどんなふうに見えているのか。こうやって生徒の椅子に座ってみて、はじめてわかったような気持ちになれたに違いない。ちらっと想像してみるくらいでは、こういうことは案外にわからないものだ。むろん、生徒側においても然りである。昨日の加藤耕子句の蟻ほどではないにしても、それぞれの日常的な位置や空間のありようにしたがって、それぞれの世界がおのずと形成されてきてしまう。面白いものである。『主審の笛』(2003)所収。(清水哲男)


July 1872004

 蟻歩む直に平にこの世あり

                           加藤耕子

語は「蟻」で夏。私に限らず、昔の子供はよく道端などにしゃがんで蟻の行列を見ていたものだった。「蟻が/蝶の羽をひいて行く/ああ/ヨットのやうだ」(三好達治「土」)。句の「直に」を何と読むのか、少し迷った。垂直の「直」と解して「ちょくに」と読んでみたが、どうも坐りが悪い。そこで「じかに」と読み直してみたら、なんだか急に自分が蟻のようになった感じがしてきて、こちらに決めた。たしかに蟻は、二本足で立って歩く私たちとは違って、ほとんど「直に」地面に身体が触れるようにして歩いている。しかも小さいから、行く手に多少のアップダウンがあろうとも、いま歩いている場所はいつもほぼ「平(たいら)に」感じられるのにちがいない。すなわち、蟻にとっての「この世」とは「直に平に」、どこまでも広がっているということだ。もちろんこれは人間の尺度から見た世界認識ではあるが、こんなアングルから蟻の歩行を捉えた作者は、このときに人間の傲慢不遜を思っていたのだろう。蟻には蟻の厳然たる「この世」があるのであって、そういうことを思ってもみない人間は何様のつもりなのだろうかと……。作者にそこまでの人間糾弾意識はないとしても、ここには小さな生き物に対しての敬虔の念がある。一読ハッとさせられ、やがてしいんとした内省意識に誘われる読者は多いだろう。「俳句研究」(2004年8月号)所載。(清水哲男)


July 1772004

 昼寝する我と逆さに蝿叩

                           高浜虚子

の夏の生活用品で、今では使わなくなったものは多い。「蝿叩(はえたたき)」もその一つだが、句は1957年(昭和三十二年)の作だから、当時はまだ必需品であったことが知れる。これからゆっくり昼寝をしようとして、横になった途端に、傍らに置いた蝿叩きの向きが逆になっていることに気がついた。つまり、蝿叩きの持ち手の方が自分の足の方に向いていたということで、これでは蝿が飛んできたときに咄嗟に持つことができない。そこで虚子は「やれやれ」と正しい方向に置き直したのかどうかは知らないが、せっかく昼寝を楽しもうとしていたのに、そのための準備が一つ欠けていたいまいましさがよく出ている。日常生活の些事中の些事でしかないけれど、こういう場面を詠ませると実に上手いものだと思う。虚子の句集を見ると、蝿叩きの句がけっこう多い。ということは、べつに虚子邸に蝿がたくさんいたということではなくて、家のあちこちに蝿叩きを置いておかないと気の済まぬ性分だったのだろう。それかあらぬか、娘の星野立子にも次の句がある。「蝿叩き突かへてゐて此処開かぬ」。引き戸の溝に蝿叩が収まってしまったのか、どうにも開かなくなった。なんとかせねばと、立子がガタガタやっている様子が浮かんできて可笑しい。いやその前に、父娘して蝿叩きの句を大真面目に詠んでいるのが微笑ましくも可笑しくなってくる。『虚子五句集・下』(1996・岩波文庫)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます