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June 2562004

 夕菅は胸の高さに遠き日も

                           川崎展宏

ういうわけか、「夕菅(ゆうすげ)」はほとんどの歳時記に載っていない。ほぼ全国的に分布しているというのに、何故だろうか。淡黄色の花。日光キスゲの仲間で、その名の通り夏の夕刻に開花し、朝にはしぼんでしまう。その風情、その花の色から、はかなさを感じさせる植物だ。昔の文学少年少女たちは、たいていが実物よりも先に、立原道造のソネット「ゆうすげびと」でこの花のことを知った。「悲しみではなかった日の流れる雲の下に/僕はあなたの口にする言葉をおぼえた/それはひとつの花の名であった/それは黄いろの淡いあわい花だった//僕はなんにも知つてはゐなかった/なにかを知りたく うつとりしてゐた/そしてときどき思ふのだが 一體なにを/だれを待ってゐるのだらうかと//昨日の風に鳴っていた 林を透いた青空に/かうばしい さびしい光のまんなかに/あの叢に 咲いていた・・・・そうしてけふもその花は//思いなしだが 悔いのように----/しかし僕は老いすぎた 若い身空で/あなたを悔いなく去らせたほどに!」。こうして何十年ぶりかで読み返してみると、失恋までをも美化しなければおさまらない詩人のナルシシズムを強く感じる。が、若さとはそういうものであるかもしれない。この詩を読んだころのことを思い出してみると、何の違和感も持たずに愛読できたのだから、私の若さもまた深くナルシシズムに浸っていたのだろう。句の作者はいま「夕菅」を眼前にして、やはり若き日への郷愁に誘われている。立原の詩が、すうっと胸をよぎったのかもしれない。「遠き日」への曰くいいがたい想いが、甘酸っぱくも蘇ってきた。「胸の高さに」の措辞は、実際の夕菅の丈と過去への想いの(いわば)丈とに掛けられているわけだが、少しもトリッキーな企みを感じさせないのは流石だ。美しい句だ。「俳句」(2004年7月号)所載。(清水哲男)

[ 読者より ]「夕菅」の載っている歳時記などとして、俳句の花(創元社)、季語秀句辞典(柏書房)、中村汀女監修・現代俳句歳時記(実業之日本社)、新日本大歳時記(講談社)をご教示いただきました。




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