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June 2262004

 家庭医学一巻母の曝書

                           須原和男

語は「曝書(ばくしょ)」で夏。梅雨が終わると、昔は多くの家で虫干し(むしぼし)をした。衣類などを陰干しして湿気を取り、黴や虫の害を防ぐためだ。このうち、書物を表の風に当てることを「曝書」と言う。生活環境の変化から、虫干しの光景も、いまではさっぱり見かけなくなった。句は、作者少年期の思い出だろうか。たくさんの本が並んでいるなかで、母の本と言えるものはたった一冊の「家庭医学」書であることに気がついたのだ。我が家にもあったけれど、病状に応じて原因と簡単な対処法が書かれていた。私が高熱を発したりすると、母がよく開いていた。分厚くて真っ赤な表紙の本だったことを覚えている。それが母親の唯一の本……。といっても、結局これは家族みんなのためにある本なのであって、そのことを思い出すと胸の奥がちくりと疼くのである。その疼きは、字足らずの下五に込められている。私の母は女学校出だが、それでも本らしい本は数冊くらいしか持っていなかった。祖母のことを思い出しても、本を読んでいる姿は見たことがない。昔の主婦は本など読んでいる時間はあまりなかったし、社会的にも女性の読書はうとまれる環境にあった。だから明治や大正生まれの女性のほとんどは、作者の母親と同様に、蔵書と言えるようなものの持ち合わせはないのである。本を読むような時間があったら、家族のために働くことがいくらでもあった。そんな時代の女性の社会的家庭的位置のありようを、掲句は曝書という意外な視点から静かに差しだしてみせている。そんなに遠くはない時代の話である。『式根』(2002)所収。(清水哲男)




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