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May 3152004

 濡れるだけ濡れて帰る子てまりばな

                           坂石佳音

語は「てまりばな(繍毬花・手毬花)」で夏。別名、おおでまり。我が家の近辺では「こでまり」はよく見かけるが、「おおでまり」は見たことがない。何度か行った陸奥では、逆に「おおでまり」が多かった。葉も花の形も、ちょっと紫陽花に似ている。そういうこともあってか、雨に似合う花だ。そんな白い花が咲いている道を、子供が「濡れるだけ濡れて」帰っていく。駆けているのでもなく、とくに急ぎ足というのでもない。覚悟を決めたと言わんばかりに、普通の速度で歩いている。家が遠いのだろう。作者は擦れ違ったのか、それとも縁先辺りから見ているのだろうか。いずれにしても、ずぶぬれの子を可哀想だと思うよりも、むしろ一種の小気味よさを感じているのだ。白秋の童謡では雨に降られた子を「ヤナギノネカタ」で泣かせたりしているが、そうしたセンチメンタルな印象を微塵も与えない子供の姿に、大いに感じ入っている。最近では見かけない光景だが、昔の田舎道ではしばしば見かけた。いや、見かけたどころか、自分が「濡れるだけ濡れ」たことは何度もある。もうジタバタしてもはじまらないと、ずぶぬれで歩いている気持ちは、あれでけっこう爽やかなものだ。慌てず騒がず、いささかヒロイックな気分すらしてきた。濡れた服や靴の後始末を考えなくてもよいという特権もあったけれど、少しく日常性を逸脱した行為が嬉しかったのだと思う。子供は掟破りが好きなのだ。かつて子供だった作者は、見かけだけではなく、そうした子供心にも思いを巡らせているのではあるまいか。(清水哲男)




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