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May 2852004

 東伯林の新樹下を人近づき来

                           殿村菟絲子

語は「新樹(しんじゅ)」で夏。「新緑」が主として若葉をさすのに対し、木立をさす。崩壊して十五年になる伯林(ベルリン)の壁は、もう伝説化していると言ってよいだろう。句は、その伝説の中で詠まれた。前書きに「西伯林、東西独乙を劃す壁肌寒し」とある。ポツダム広場の物見台あたりから、壁の向こう側を眺めたのだろう。道を歩いていては、新樹はともかく「人」は見えない。眺めやれば、こちら側と似たような光景が広がっていて、ゆっくりと人が近づいてくるのも見える。何の変哲もない情景だが、新樹や人は指呼の間にあっても、こちらからあちらまでの政治的な距離はほとんど無限に遠いのである。こういうときには壁の理不尽を思うよりも、頭の中が白くなる感じがするものだ。経緯は省略するが、私は一度南北朝線を分つ板門店に立ったことがあるので、作者の気持ちがよくわかるような気がする。よく南北会談に使われる会議場が境界線上にあり、室内はマイクのコードで室外も黒いラインで、南北が分たれていた。室内の南北移動は自由だったが、室外のラインを一歩でもまたげば不法入国だ。両側には鼻面をつきあわさんばかりにして、完全武装の兵士たちが見張っている。凄い緊張感を覚えたと同時に、白日夢でも見ているような気分だった。作者もまた、そんな気持ちだったのだと思う。美しい自然の中を、何事もないように人がこちらに向かって歩いてくる……。眼前の現実ではありながら、しかしそれは夢に等しいのである。『牡丹』(1967)所収。(清水哲男)


August 2982009

 噴火口近くて霧が霧雨が

                           藤後左右

棚で見つけた手作り風の本。開くと「句俳勝名新本日」。日本新名勝俳句にまつわる話はなんとなく聞いていた。投票で選ばれた、日本新名勝百三十三景を詠んだ俳句を募集したところ、全国から十万句を越える応募があり、それを虚子が一人で選をした、という。選がホトトギスに偏っていることが問題視されることも多いが、全国規模の大吟行。あちこちの山、川、滝、海岸、渓谷に通っては句作する、当時の俳句愛好家の姿を思い浮かべると、なんだか親しみを感じる。昭和五年のことである。掲出句は、阿蘇山を詠んだ一句で、帝國風景院賞なる、ものものしい賞を受けている。久女、秋桜子、夜半等の代表句が並ぶ中、ひときわ新鮮な左右の句。今そこにある山霧の、濃く薄く流れる様がはっきりと見える。霧が霧雨が、とたたみかけるような叙し方も、近くて、がどうつながっているのか曖昧なところも、当時の句としてはめずらしかっただろうし、句の息づかいは今も褪せない。左右についてあれこれ見ているうち、〈新樹並びなさい写真撮りますよ〉の句を得た時「蟻地獄から這い上がったような気がした」と述べているのを読んで、ここにも独自の俳句を模索する一本の俳句道があるのを感じた。「日本新名勝俳句」(1931・大阪毎日新聞社/東京日日新聞社)所載。(今井肖子)


May 2152013

 万緑のなかを大樹の老いゆけり

                           佐藤たけを

歩コースにある鬼子母神の大銀杏は、黄落はもちろん見事だが、この時期の姿もことのほか美しい。幹はいかにも老樹といった風格ではあるが、その梢から無数に芽吹く若葉青葉は若木となんら変わりなく瑞々しく光り輝く。万緑には圧倒されるパワーを感じるが、掲句によって、その雄々しく緑を濃くする新樹のなかに老木も存在することにあらためて気づかされる。屋久杉やセコイヤなどの木の寿命は数千年に及ぶというから、100歳で長寿という人間から見ればほとんど不老不死とも思える長さだ。鼠も象も一生の心拍数は同じといわれるが、もし大樹に鼓動があるとしたら、どれほどゆっくりしたものになるのだろうか。今度幹に手のひらを当てるときには、きっとゆっくりと打つ心音に思いを馳せることだろう。青葉若葉に彩られ、大樹はまたひとつ、みしりと樹齢を重ねてゆく。〈一斉に水の地球の雨蛙〉〈うつくしき声の名のりや夏座敷〉『鉱山神』(2013)所収。(土肥あき子)


February 0522016

 雑貨屋の空の鳥籠春浅し

                           利普苑るな

と昔前にはどこの町や村にも雑貨屋があった。母は「よろずやさん」と呼んでいたが、何でもちょいとした生活用品が手に入った。今で言うスーパーのルーツみたいなものである。そんな日常の雑貨屋の軒先に鳥籠が覗いている。籠の鳥は紫外線の強さとか空の青さにやって来た春を感じている。早や囀りの気配すら見せている。立春を迎えたばかりの空気は人間の肌にはまだまだ寒い。しかし時は確実に進行する。これから私の近くの利根川周辺では「ケーン、ケーン」と雉が叫び始める。他に<主われを愛すと歌ふ新樹かな><失せやすき男の指輪きりぎりす><卓上の鳥類図鑑暮遅し>などあり。『舵』(2014)所収。(藤嶋 務)




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