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April 1842004

 狐雨海市を見んと旅にあり

                           加藤三七子

語は「海市(かいし)」で春。蜃気楼(しんきろう)の別称だ。「海市」は、遠方の街が海上に浮き上がって見えることからの命名だろう。残念ながら、私はまだ見たことがない。日本では、富山県魚津海岸あたりが名所として知られている。「蜃気楼は、大気中の温度差(=密度差)によって光が屈折を起こし、遠方の風景などが伸びたり反転した虚像が現れる現象です。よく、「どこの風景が映るの?」という質問を受けますが、実際にそこに見えている風景が上下に変形するだけで、ある風景がまったく別の方向に投影されるわけではありません」(石須秀知・魚津埋没林博物館学芸員)。ちなみに、夏のアスファルト路でも起きる「逃げ水」現象も、蜃気楼の小型版である。と、原理を知ってしまうと興醒めだけれど、実際に見ればやはり不思議な気持ちになるだろう。そういうときには昔から「狐につままれたようだ」と言い習わすが、掲句はそんな慣用語を意識しての作ではなかろうか。蜃気楼を見に行くための旅の途中で、雨が降ってきた。普通の雨ならがっかりもしようが、いわゆる「狐雨」である。「狐の嫁入り」とも言う。日が射しているのに、雨が降っている。したがって、たいした雨じゃない。この分なら、天気は大丈夫、ちゃんと蜃気楼は見られそうだ。作者はほっと安堵している。そして、その安堵した気持ちの余裕のなかで、微苦笑したのである。選りにもよって、こんなときに「狐雨」に会うとは……。蜃気楼を見る前なのに、もう騙されかけているのかもしれない。金子兜太『中年からの俳句人生塾』(2004)にて初見。(清水哲男)




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