高齢者は小説に背を向け歴史物に向かうと誰かの言葉。徐々にそうなりそう。




2004ソスN3ソスソス5ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 0532004

 啓蟄や押し方馴れし車椅子

                           三村八郎

日は「啓蟄(けいちつ)」。俳句の初心者が必ず「えっ、こりゃ何だ」と戸惑う季語で、漢字も難しいのだけれど、逆にいちはやく覚えてしまうという不思議な季語だ。むろん、私もそうだった。地中に眠っていた虫たちが、暖かい気候になって穴を出てくることである。「車椅子」を押したことはないが、この句はわかる。押す人にとって、何が気になるかといえば、地面の凹凸の具合だろう。普通に歩く分には気にならない凹凸が、いざ車椅子を押す段になるととても気になる。馴れないときには、そればかりに神経が働く。だから、いつも地面の表面だけは気にしていても、地中に虫が眠っていることなどには思いが及ばない。そんな心の余裕はないのである。ところが、このごろ作者はようやく押し方に馴れてきて、コツが掴めてきた。ほとんどスムーズに押せるようになった。そして、ふと今日が啓蟄であることに気づき、自分が気づいたことに微笑している。押しながら、地面の下のことを思うようになれたということは、押し方が上手になったという理屈で、体験者ならではの喜びが滲み出ている。無関係な人からすればささやかな喜びに写るかもしれないが、介護者にはこういうことだって大きな力になるし、励ましになる。私たちは車椅子に乗っている人のことをしばしば思うけれども、押している人については看過しがちだ。これからの暖かい季節、車椅子の人たちをよく見かけるようになる。そのときに私は、きっと掲句をちらりとでも思い出さずにはいられないだろう。『炎環・新季語選』(2003)所載。(清水哲男)


March 0432004

 春昼や腑分けして来したゞの顔

                           平畑静塔

た「腑分け(ふわけ)」とは古風な言葉だが、しかし実際に「解剖」をする人には、腑分けのほうが実感的にぴたりと来るのかもしれない。掲句は、最近清水貴久彦(岐阜大学医学部教授)さんから送っていただいたエッセイ集『病窓歳時記』(2001・まつお出版)で知った。医者の目で俳句を眺めると、なるほど私などには見えない佳句が数々あることに気づかされる。この句もそうだ。ただ、この句の良さは、間接的にではあるけれど、多少はわかる。大学の友人に医学部の男がいたからである。エッセイ集から少し引いておく。「すべての医学生が実習として行う解剖は、系統解剖という。屍体を切り開いてあらゆる臓器、血管、神経などを確認していく作業が毎日続くと、気が滅入るのも当たり前。実際、この解剖をきっかけにして人生に悩みはじめ、学校に出てこなくなった同級生がいた」。しかし多くの学生は日がたつにつれて何も気にならなくなり、「白衣だけ脱いですました顔で食堂へ行き、肉でも何でも食べられるようになる」。句はまさにこの時期の学生の様子を言ったものであり、作者も医者だったから、自分の若き日の像と重なり合って見えているのだろう。のんびりとした「春昼」の気分には「たゞの顔」が、よく似合う。その「たゞの顔」になるまでのプロセスを体験している人にとっては、見落とすことのできない句になっている。実際、私の友人もひどい状態の時期があった。はじめての解剖実習の後で、たまたまいっしょに食堂に行ったのだが、真っ青な顔をして、何ひとつ食べられなかったことをよく覚えている。それが、いつしか句のように「たゞの顔」になり一本立ちしたのだから、人間という奴はたいしたものだと言うべきだろう。(清水哲男)


March 0332004

 雛の日の鱗につつむ死もありぬ

                           吉田汀史

語は「雛の日(雛祭)」。その命すこやかにと、女の子の息災を祈って行われる行事だ、桃の節句とも言われるように、春開花の季節のはなやぎが行事の本意によくついて色を添える。そのはなやぎの中にあって、しかし作者のまなざしは同時に、どこか遠くの海での孤独な命の終焉に向けられている。「鱗(うろこ)につつむ死」とは魚のそれであるが、単に「魚の死」と言うよりも、「死」をより生々しいものとして読者に訴えかけてくる。鱗がつつんでいるのは、もはや魚とは言えない存在である。それを「死」そのものでしかないと掴んだときに、雛の日のはなやぎの中に、あたかも実体のように「死」は突きだされたのだ。古来、はなやぎの中にさびしさを見出すという感性は珍しくはないけれど、掲句のようにさびしさの根拠を明確に、いわば物質的に指示した例は珍しいと言えよう。しかも作者は、漠然たる思いつきで海での死を思い描いたのではない。雛の日を終えた雛たちは、やがて女の子の命と引き換えに、海の彼方へと流されてゆく運命にある。流し雛。すなわち両者はそれぞれの死を媒介にして、海中で出会うのである。句は、そういうことを暗示している。何というさびしさだろうか。同じ作者に「わが父の舟とゆき逢へ流し雛」がある。まるで子供みたいな発想だと、笑うこと勿れ。「わが父」がこの世の人ではないと理解するならば、夢まぼろしの世界でしか実現しない願いを、作者は「鱗につつむ死」同様に実体化したいのだと気がつく。祈りとは、そういうものだろう。かつて能村登四郎は、作者の特質を「現実のものを夢幻の距離で眺めて詠む」ところにあると言った。至言である。『浄瑠璃』(1988)所収。(清水哲男)




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