ソスソスソスソスヌ擾ソスソス句

January 2912004

 パソコンに並べて軍手雪来るか

                           水上孤城

近、パソコンを素材にした句が散見されるようになってきた。だいぶ普及してきた様子がうかがえる。ある調査によれば、家庭への普及率は60バーセントを越えたという。私がはじめて触った二十年前に比べると、まさに隔世の感ありだ。間もなく、テレビ並に行き渡るのだろう。さて、掲句。雪が降ってきそうな気配なので、用心のために(たぶん)雪掻き用の「軍手(ぐんて)」を用意し、「パソコン」の隣りにちょっと置いた図だ。パソコンは室内で使うもの、軍手は戸外で使うもの。何でもない取り合わせのようでいて、これらが実際に並んだ様子には、かなりの違和感がある。机の上にもそれなりに秩序というものがあるから、パソコンや筆記具や本などだと秩序は乱れない。ところが軍手に限らず、机の上では使わないものを置くと、途端に机上の世界の秩序が乱れ、なんとも落ち着かない気分にさせられてしまう。どなたにも経験があるだろうが、これは買ってきた新品の靴を畳の上で試しにはいてみるようなもので、なんとなく気分にぴったり来ないのだ。そこらへんの感覚の微妙な揺れをとらえていて、面白いと思った。その揺れが、雪に身構える姿勢と重なり合って伝わってくる。知らず知らずのうちに、私たちはあちこちに秩序世界を形成し、そのなかで暮らしているのである。俳誌「梟」(2004年1月号)所載。(清水哲男)


February 2822011

 風に鳴るビルや春闘亡びゆく

                           水上孤城

闘の季節だ。と言っても、いまの若い人にはピンと来ないだろう。賃金の引上げや労働時間の短縮などといった労働条件の改善を要求する労働運動である。経済が右肩上がりの時代には、大手企業でなくとも、会社の壁には組合のビラが貼られ、社員は闘争中を示す腕章を巻いて仕事をしていたものだった。労使双方ともに春闘をごく当たり前のこととして受け入れ、交渉のテーブルについていた。振り返ってみれば、春闘にはどこかお祭り感覚も含まれていた。私が体験した例では、組合の賃上げ要求額に会社側が更に上乗せして回答してきた春もあり、組合の役員だった私は赤っ恥をかかされることになったのだった。しかし、不景気が進行するにつれて、闘争自体を見直さざるを得なくなり、賃上げもボーナスも無しという会社も増えてきて、掲句のように寒々とした感覚に支配されるようになってしまった。春闘そのものが亡びつつあり、そのうちには死語になりそうである。いまや若者は、正社員として就職できるだけで良しとしなければならない時代だ。こんな時代になろうとは…。春先の風は冷たく、春ゆえに余計に冷たさが身にしみる。『水の歌』(2011)所収。(清水哲男)




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