今月は「ねばならぬ月」。あれもこれもやっておか「ねばならぬ」。並べると詩になる。




2003ソスN12ソスソス2ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 02122003

 牛鍋は湯気立て父子いさかへる

                           湯浅藤袴

語は「牛鍋(ぎゅうなべ)」で冬。ボーナスが出たのか、何か良いことがあったのか。今夜は特別の夕飯である。だが、せっかくのご馳走を前にして、父と子が言い争いをはじめた。まわりの家族も食べるに食べられず、成り行きを見守るのみ。そんなことにはお構いなしに、目の前の「牛鍋」はおいしそうな湯気を盛んに立てている。愉しかるべき夕餉が、これでは目茶苦茶だ。家庭に限らず、忘年会などでもこういうことはたまに起きる。人間の駄目なところ、寂しいところである我欲が剥き出しになり、我欲の前では食欲も減退してしまう。たとえいさかいの原因が他愛ないものだとしても、我欲のパワーはあなどれない。不愉快な情景だが、句は的確にその場の雰囲気を伝えていて巧みだ。ところで、ご存知の方も多いとは思うが、「牛鍋」は江戸東京の料理である。同じ牛肉主体でも、関西では「鋤焼(すき焼き)」と言って料理調理法が若干異る。句にも「湯気立て」とあるように、牛鍋が肉を煮るのに対して、鋤焼は文字通りに焼く料理だ。簡単に手順を示すと、鋤焼ではまず脂身をひいて肉を焼いてから野菜などを加え、醤油や砂糖で味付けをしていく。牛鍋では肉や野菜などを、あらかじめ作っておいた割り下(ダシ)で最初から煮る。鋤焼のほうが、だんぜん手間がかかる。最近では鋤焼と称して牛鍋を出す店も多いけれど、本来はこういうことだった。家人が関西の出なので、我が家ではずっと鋤焼だったが、だんだんお互いに面倒になってきて、いつしか牛鍋風になってしまった。二つの調理法をめぐって、それこそいさかいになる新婚夫婦もあると聞く。これから結婚する人はご用心。『新歳時記・冬』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


December 01122003

 古書街に肩叩かるる歳の暮

                           皆川盤水

二月に入った。毎年感じることだが、この一ヵ月は飛ぶように過ぎていく。まさに「あれよあれよ」が実感だ。そう言ってはナンだけれど、この多忙な月の「古書」店は、さして商売にならないのではあるまいか。ゆっくりとウィンドウや棚を見て本を選ぶ時間的な余裕など、たいていの人にはないからである。句の「古書街」は、おそらく東京・神田だろう。あのあたりにはオフィスもたくさんあるので、年末でも人通りは普段とあまり変わらないかもしれない。でも、古書を求めて歩く人は少ないはずだ。そんな街を、作者は明らかに本を探しながらゆっくりと歩いている。めぼしい店の前で立ち止まりウィンドウを眺めているときに、後ろからぽんと肩を叩かれた。振りむくと、知った顔が微笑している。この忙しいのに、お前、こんなところで何やってるんだ。そんな顔つきである。だが、どうやら彼も同じように本を求めてやってきたらしい。一瞬でそうわかったときに、お互いの間に生まれる一種の「共犯者」意識のような感情。この親密感は、やはり「歳の暮」に特有なものである。私は若い頃に、大晦日には映画を見に行くと決めていた。正月作品を、ガラ空きの映画館で見られたからだ。もちろん私も他の客からそう思われていたのだろうが、大晦日に映画を見る人々は、よほどヒマを持て余しているか、家にいられないだとか何かの事情がある人たちに違いない。そういう時空間では、お互いに見知らぬ同士ながら、なんとなく親密感が漂っているような雰囲気があったものだ。ましてや掲句の場合には知りあい同士なのだから、その密度は濃かっただろう。きっと、そこらで一杯というくらいの話にはなったはずである。『寒靄』(1993)所収。(清水哲男)


November 30112003

 サルトルもカミユも遥か鷹渡る

                           吉田汀史

語は「鷹」で冬。一般的に長い距離は移動しないが、種類によっては寒くなると南へ「渡る」のもいる。眼光炯々として姿態清楚な猛禽が、群れをなして「遥か」彼方へと去っていく。ちょうどそのように、熱い情熱で時代を告発し説得しつづけた「サルトルもカミユ」も二人ともが、既に故人となり、その思想も「遥か」な地平へと没してしまったかのようである。昨今の世の動きを見るにつけ、彼らが火をつけ世界中に共鳴者を獲得した思想とは何だったのかと思う。単なる郷愁句ではなく、作者はやりきれない思いの中で反問しているのだ。私もまたサルトルやカミュに強い共感を覚えた一人だっただけに、彼らの思想を一時のファッションとしてやり過ごすわけにはいかない。当時、ある人が「実存主義とは何か」という問いに答えて、こう言った。「郵便ポストが赤いのも電信柱が高いのも、みんなアタシのせいなのよ。これが実存主義さ」。むろん小馬鹿にした揶揄の言だけれど、あながち当たっていないこともないだろう。なぜなら、実存主義最大の主張はアタシ(個人)の存在と尊厳をあらゆる価値の最上位に置くことだからだ。簡単な例で言えば、いかなる事態にあろうとも、常に国家よりも個人が大切ということである。そのためには、他方で当然数々の困難をもアタシが引き受ける思慮と勇気とが必要となる。第二次世界大戦の悲惨な熾きがまだくすぶっていた時代のなかで、出るべくして出てきた考え方だ。なんだい、そんなことなら「常識」じゃないか。今日、サルトルもカミュも読まない世代の多くは言うだろう。その通りだ、「常識」なのだ。言うならば、当時だって当たり前の言説だったのである。が、この「常識」は、今の世の中でいったいどこでどういうふうに機能し通用しているのかね。つらつら世の中を見回してみるまでもない。「あれよあれよ」の間に、どんどん実質的には非常識化している現実に怖れを抱いてしかるべきではないのかね。それこそ私の常識は、実存主義の鷹がいまや絶滅の危機に瀕していると告げている。『一切』(2002)所収。(清水哲男)




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