もはや「戻り梅雨」と言うのも変ですが、しばらくは雨模様となりそう。やれやれ。




2003ソスN8ソスソス12ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 1282003

 西日中電車のどこか掴みて居り

                           石田波郷

語は「西日」で夏。敗戦直後に詠まれた句だ。「電車」は路面電車ではあるまいか。だまりこくっている満員の乗客。そして窓外をのろのろと流れていくのは、一面の焦土と化した東京の光景だ。西日は容赦なくかっと照りつけ、車内にも射し込んでくる。むろん冷房装置などあるわけもないから、頭の中が白くなるような暑さだ。吊り革か、他の部分か。「電車のどこか掴(つか)みて居り」には、そんな暑さから来る空漠感に加えて、明日の生活へのひとかけらの希望もない心の荒廃感が重ね合わされている。とにかく、何かどこかを掴んで生きていかなければ……。戦後の復興は、こうした庶民の文字通りに必死の奮闘によってなされた。そこにはまず、自分さえよければいいというエゴイズムが当然に働いたであろう。食うため生きるためには、他人への迷惑やら裏切りやら、さらには法律もへったくれもあるものかと、がむしゃらだった。誰も彼もが栄養失調で、目ばかりがぎらぎらしていた。掲句の電車の客も、そういう人ばかりである。このことを後の世代は庶民の逞しさと総括したりするけれど、一言で逞しさと言うには、あまりにも哀しすぎるエネルギーではないか。この筆舌に尽くしがたい国民的な辛酸の拠って来たる所以は、言うまでもなく戦争だ。往時のどんなに「逞しい」エゴイストでも、二度と戦争はご免だと骨身に沁みていたはずだ。理屈ではない。骨身が感じていたのである。あれから半世紀余を閲したいま、この国は再び公然と戦争や軍隊を口にしはじめている。情けなくて、涙も出やしない。これからの若い日本人は、それこそ何を掴んで生きてゆくのだろうか。『雨覆』(1948)所収。(清水哲男)


August 1182003

 炎天下亡き友の母歩み来る

                           大串 章

省時の句だ。句集では、この句の前に「母の辺にあり青き嶺も沼も見ゆ」が置かれている。久しぶりの故郷では、山の嶺も沼も昔と変わらぬ風景が広がっていて、母も健在。なんだか子供のころに戻ったようなくつろいだ気持ちが、「母の辺にあり」からうかがえる。暑い真昼時、作者は縁側にでもいるのだろう。懐しく表を見ていると、遠くから人影がぽつんと近づいてきた。「炎天下」を、昔と変わらぬ足取りでゆっくりと歩いてくる。すぐに「亡き友の母」だとわかった。田舎では、めったに住む人の移動はないから、はるかに遠方からでもどこの誰かは判別できるのだ。このときに、作者の心は一瞬複雑に揺れたであろう。歩いてくるのは、友人が生きているのなら、こちらのほうから近寄っていって挨拶をすべき人である。だが、それをしていいものか、どうか……。自分の元気な姿は、かえってその人に亡き息子のことを思い出させて哀しませることになるのではないか。結局、作者はどうしたのだろう。私にも経験があるが、むろんきちんと挨拶はした。が、なるべく元気に映らないように、小さな声で、ほとんど会釈に近い挨拶しかできなかった。その人のまぶしそうな顔が、いまでも目に焼きついている。風景は少しも変わらなくても、住んでいる人の事情は徐々に様々に変化していく。掲句は、まことに静かな語り口でそのことを告げている。『山童記』(1984)所収。(清水哲男)


August 1082003

 台風来屋根石に死石はなし

                           平畑静塔

の上で秋になったら、早速「秋の季語」の「台風」がやってきた。そんなに律義に暦に義理立てしてくれなくてもいいのに……。被害を受けられた方には、お見舞い申し上げます。写真でしか見たことはないが、昔は地方によっては板葺きの屋根があり、釘などでは留めずに、上に石を並べて置いただけのものだった。その石が「屋根石」だ。一見しただけでは適当に(いい加減に)並べてある感じなのだが、そうではない。少々の風雨などではびくともしないように、極めて物理的に理に適った並べ方なのだ。台風が来たときの板屋根を見ていて、はじめてそのことに気づき、一つも「死石(しにいし)」がないことに作者は舌を巻いている。ところで「屋根石に死石はなし」とは、なんだか格言か諺にでもなりそうな言い方だ。と、つい思ってしまうのは、もともと「死石」が囲碁の用語だからだろう。相手の石に囲まれて死んでいる石、ないしはもはや機能しない石を言うが、私の子供のころには別に囲碁を知らなくても、こうした言葉がよく使われていた。大失敗を表す「ポカ」も囲碁から来ているそうだけれど、将棋からの言葉のほうが多かったような気がする。囲碁よりも将棋が庶民的なゲームだったからだと思う。「王より飛車を大事がり」「桂馬の高飛び歩の餌食」「攻防も歩でのあやまり」「貧乏受けなし」「形を作る」等々、最近ではあまり使われない「成り金」も将棋用語だ。もう十数年前の放送で「桂馬の高上がり」と言ったら、リスナーから「何のことでしょうか」という問い合せがあった。ついでに、もう一つ。野球中継などで「このへんでナカオシ点が欲しいところですね」などと言うアナウンサーがいる。囲碁では「チュウオシ(中押し)」としか言わないのになア。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)




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