明日から煙草が値上がりする。国が国民の嗜好に火をつけておいて、これだからね。




2003ソスN6ソスソス30ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 3062003

 父となりしか蜥蜴とともに立ち止る

                           中村草田男

語は「蜥蜴(とかげ)」で夏。昔は、そこらへんにいくらでもいた。スルスルッという感じで走ってきては、ひょいと立ち止まり、ときに周囲を見回すような仕草をする。警戒心からなのだろうか。掲句は、この蜥蜴の様子を知らないとわかりにくい。はじめての子供の誕生の報せを受けた作者は、道を歩いている。いよいよ父親になったのかという思いで、あらかじめこの時が来ることを承知はしていても、なんとなく落ち着かない気分だ。実際、私の場合もそうだった。落ち着けと自分に言い聞かせても、意味もなくあちこちと動き回りたくなる。慌てたって仕様がないのだけれど、頭の中は混乱し、胸は動悸を打ち、やたらに「責任」だとか「自覚」だとかという言葉ばかりが浮かんでくる。果ては、まだ見ぬ我が子が成人になるときに、私は何歳だろうかなどと埒もない計算までしてしまったていたらく……。つい、昨日のことのように思い出す。このときの作者だとて、心中は同じようなものだろう。そんな作者が、とにかく意味もなくパッと止まる。と、視野にある蜥蜴もパッと止まった。そしてお互いに、周囲を見回す。夏の真昼のこの図には、作者の苦笑が含まれてはいるが、第三者である読者からすると、むしろ男という存在の根源的な寂しさのようなものが感じられるはずだ。無茶苦茶に嬉しいのだけれど、どこかで手放しには喜べない男というものの孤独の影が。『火の鳥』(1939)所収。(清水哲男)


June 2962003

 ふりかけの音それはそれ夕凪ぎぬ

                           永末恵子

語は「夕凪(ゆうなぎ)」で夏。海辺では、夏の夕方に風が絶えてひどい暑さになる。瀬戸内海の夕凪はとくに有名で、油凪といういかにも暑苦しげな言葉があるほどだ。私は海の近くに暮らしたことがないので、生活感覚としての夕凪は知らない。若い頃に出かけたあちちこちの海岸での、わずかな体験のみである。ただじいっとしているだけで汗が滲み出てくる、あのべたっとした暑さには、たしかにまいった。たいていは民宿に泊まったから、掲句を読んだ途端に、民宿の夕飯時を思い出してしまった。民宿の夕飯は早い。すなわちまだ明るい時間で、ちょうど夕凪のころだ。当時はどこの民宿に行っても、テーブルに「ふりかけ」の缶がどんと置いてあったような……。出てきたおかずだけでは到底足らない食欲旺盛な若者用だったのか、それとも逆に食欲の湧かない人がなんとか飯を食べるためのものだったのか。冷房装置なんて洒落たものはなかったから、じっとりとした暑さのなかでの食事はたまらなかったなあ。句はそんなたまらなさを、さらさらした「ふりかけの音」との対比で表現している。触覚ではなく聴覚を持ちだしてきたところが面白い。センスがいい。しかし、いかに音がさらさらしていたところで、本当に「それはそれ」でしかないのであり、げんなりしている作者の様子が目に浮かぶようだ。可笑しみが、そこはかとなく漂ってくる。『ゆらのとを』(2003)所収。(清水哲男)


June 2862003

 虹消えて了へば還る人妻に

                           三橋鷹女

語は「虹」。夏に多く見られるので夏季とされる。どんなに素晴らしい虹だったろう。しばし、忘我の状態で見惚れていた。しかしそれも束の間で、跡形もなく「消えて了(しま)」うと、また散文的な日常の時間のなかの「人妻」に「還(かえ)」ったというのである。句意としてはこんなところだろうが、この句に精彩を与えているのは「人妻」という用語法だ。字足らずを問題にせず「主婦」と置き換えてもよさそうだけれど、そうはいかない。なぜなら、「人妻」は一般的に自分を指して言う呼称ではないからである。冗談めかして「私は人妻だから」と言うようなことはあつても、よほどのことが無いかぎり、他人に正面切って「主婦です」とは言っても「人妻です」とは言わないものだろう。あくまでも第三者の妻の意であり、すなわち「人妻」とは「他人妻」なのである。したがって、掲句は「主婦」と表現するよりも、よほど自分を突き放している。「主婦」としても十分に散文的な日常を感じさせるが、「人妻」はもっと索漠とした気持ちに通じるものがある。だから、虹の幻想的な美しさがより鮮明に印象づけられるのであり、消えてしまった後の空しさが読者にもよくわかるのだ。ところで「他人妻」で思い出したが、最近「他人事」を「たにんごと」と読む人が増えてきた。むろん「ひとごと」と読むのが正しい。こういう間違いは、それこそ「他人事」じゃない気がして、聞くたびにハラハラしてしまう。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所収。(清水哲男)




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