第50回記念余白句会。これまでご縁のあった方々にも来ていただいての大句会です。




2003ソスN6ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 1462003

 笹百合や嫁といふ名を失ひし

                           井上 雪

笹百合
語は「笹百合」(写真参照)で夏。葉が笹に似ている。山野に自生し、西日本を代表する百合の花と言われてきたが、最近はずいぶんと減ってしまったようだ。生態系の変化もあるけれど、根元から引っこ抜いていく人が後を絶たないからだという。でも、自宅で育てるのは非常に難しいらしい。さて、句の前書には「姑死す」とある。作者は寺門に嫁いだ人だから、それだけ「嫁」の意識は強かったのだろう。私の知人に、つい数年前に僧侶と結婚した人がいる。ごく平均的なサラリーマンの娘だった。で、話を聞いてみると、なかなかに戸惑うことも多いらしい。新婚当時、二人で寺の近所を散歩していたら、檀家衆から「並んで歩くのは如何なものか」という声が聞こえてきたという。以来、本当に三歩ほど下がって歩いているというのだから、この一事をもってしても、「嫁」を意識するなというほうが無理である。もちろん、掲句の作者の生活については何も知らない。が、やはり「姑」との関係は、世間一般の人のそれよりも濃密であったと想像される。亡くなられて、まず「嫁といふ名」を思ったことからも、そのことがよくうかがえる。このときに「笹百合」は、清楚な生涯を送った姑に擬していると同時に、ひっそりと、しかししっかりと咲く姿を、今後の自分のありように託していると読んだ。追悼句ではあるけれど、単なる悼みの句だけに終わっていないところは、やはり「嫁」ならではの発想であり発語だと言うべきか。『和光』(1996)所収。(清水哲男)


June 1362003

 接吻映画見る黴傘に顎乗せて

                           清水基吉

語は「黴(かび)」で夏。戦後九年目、1954年の句だ。およそ半世紀前の場末の映画館で、作者は「接吻映画」を見ている。がらがらで、しかも映画は退屈だったのだろう。そうでなければ、傘に顎を乗せて見るようなことはしない。傘も黴臭いが、映画館も黴臭い。そこらへんに、鼠が走っているような「小屋」はザラにあった。どういうわけか、客席に何本かの太い柱が立っているところもあり、柱の真後ろにも席があったのだから、それこそどういうわけだったのか。しかし、このころから日本映画は上り坂にかかってくる。ちなみに『二十四の瞳』『七人の侍』『ゴジラ』などが封切られたのは、この年だ。そんな映画を黴臭い二番館、三番館まで落ちてくるのを待ち、名作凡作ごたまぜの三本立てを、作者も見ていたのだろう。そのうちの一本が接吻映画だったわけだが、そういうジャンルがあったわけじゃない。ちょっとしたキス・シーンがあるというだけで売り物になったのだから、まことに時代は純情なものでした。当時の私はといえば、まだ高校生。立川や福生という基地の街の洋画専門映画館は、いつ入っても女連れのアメリカ兵でいっぱいだった。だから、キス・シーンはべつに映画の中じゃなくても、そこらへんにいくらでも転がっていた。掲句の作者とはまた違う意味で、映画館では憮然たる思いがしたものである。『宿命』(1966)所収。(清水哲男)


June 1262003

 柿若葉とはもう言へぬまだ言へる

                           波多野爽波

語は「柿若葉」で夏。初夏の陽射しに照り映える様子は、まことに美しい。が、問題はいまどきの季節で、まだ柿若葉と言っていいのかどうか。微妙なところだ。つくづく眺めながら、憮然としてつぶやいた格好の句である。「まだ言へる」と一応は自己納得はしてはみたものの、「しかしなあ……」と、いまひとつ踏ん切りがつかない心持ちだ。俳句を作らない人からすれば、どっちだっていいじゃないかと思うだろうが、写生を尊ぶ俳人にしてみれば、どっちだってよくはないのである。どっちかにしないと、写生にならないからだ。これはもう有季定型を旨とする俳人のビョーキみたいなもので、柿若葉に限らず、季節の変わり目には誰もがこのビョーキにかかる。季語はみな、そのものやその状態の旬をもって、ほとんど固定されている言葉なので、一見便利なようでいて、そんなに便利なツールではない。仮に表現一般が世界に名前をつける行為だとするならば、有季定型句ほどに厄介なジャンルもないだろう。なにしろ、季語は名前のいわば標本であり、自分で考え出した言葉ではないし、それを使って自分の気持ちにぴったりとくる名前をつけなければならないからだ。真面目な人ほど、ビョーキになって当然だろう。掲句は、自分のビョーキの状態を、そのまま忠実に写生してしまっている。なんたるシブトさ、なんたる二枚腰。『波多野爽波』(1992・花神コレクション)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます