あと一週間で、デイリーでのスタジオ暮しが終了する。淡々とやるっきゃないな……。




2003ソスN3ソスソス25ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 2532003

 風光る白一丈の岩田帯

                           福田甲子雄

語は「風光る」で春。「岩田帯」は、妊娠した女性が胎児の保護のために腹に巻く白い布のこと。一般に、五ヶ月目の戌の日(犬の安産にあやかるため)に着ける。命名の由来は「斎肌帯」からとか、現在の京都府八幡市岩田に残る伝説からとか、諸説がある。心地よい春風のなかを、お祝いの真っ白な岩田帯が届けられたのだろう。新しい生命の誕生を待ちわびる作者の喜びが、真っすぐに伝わってくる。「白一丈(正確には七尺五寸三分)」とすっぱりと言い切って、喜びの気持ちのなかに厳粛さがあることを示している。純白の帯が、目に見えるようだ。ところで掲句の解釈とは無関係だが、だいぶ以前の余白句会で「風光る」が兼題に出たことがある。句歴僅少の谷川俊太郎さんが開口一番、「なんだか恥ずかしくなっちゃうような季語だねえ」と言った。一瞬、私は何のことかわからなかったが、考えてみればそうなのである。たとえば「風光る」と詩に書くとすると、かなり恥ずかしい。散文でも、同様だ。きざっぽくて、鼻持ちならない。逆に、ひどく幼稚な表現になってしまう場合もあるだろう。となると、俳句を詠まない人が、たまたま「風光る」の句を読んだとすれば、相当な違和感を覚えるはずである。俳人なら別になんとも思わないことが、そうでない人には奇異に写る……。こういう目で見ていくと、恥ずかしくなるような季語は他にもありそうだ。俳句が本当の意味での大衆性を獲得できない原因の一つは、ここらへんにもあるのだろう。『白根山麓』(1982)所収。(清水哲男)


March 2432003

 種痘日の教師を淡く記憶せり

                           藤田湘子

語は「種痘(しゅとう)」で春。天然痘にかかるのを防ぐための予防接種だ。生後一年以内、小学校入学前六か月以内、同卒業前六か月以内の接種が、法律によって義務づけられていた。揚句の「種痘日」は、入学を間近にした接種日だろう。会場の教室には医者や看護婦とは別に、当然もうクラス分けも決まっている頃なので、それぞれ担任の「教師」も立ちあっていたはずだ。つまり、生まれてはじめてセンセイなる存在を身近にする機会だったのだから、感受性の強い子には印象深い日であったにちがいない。具体的にはよく覚えていなくても、センセイの雰囲気などは「淡く記憶」している。懐かしくも、もどかしい遠い春の日の記憶である。私は鈍感なのか、六年生のときの記憶もない。が、この句に接して、入学前後の他のことは、やはりかすかながら思い出させてもらった。天然痘の根絶をWHOが宣言したのは、1980年。その四年前から、日本では副反応が問題化して、法律は生きていたけれど、事実上の接種は中止されている。したがって、新しい歳時記には「種痘」の項目はない。また、種痘の跡は二の腕に残るから、いくら若ぶっても、腕を見られたらおしまいですぞ(笑)。『黒』(1987)所収。(清水哲男)


March 2332003

 はこべ挿す模型の小鳥慰めて

                           堀口星眠

語は「はこべ(繁縷)」で春。春の七草の一つとして知られる。が、案外、具体的に名前と実物が一致しない人は多いようだ。そんじょそこらに沢山自生しているにもかかわらず、皮肉なことに、かえってきちんと名前を覚えられない宿命にある草だ。それはともかく、はこべは小鳥の好物だそうである。それを知っている作者は、淋しそうに見えた「模型の小鳥」に、本物の餌を与えてやった。本物の鳥として扱ってやった。なんという優しい心遣いだろうか。この句を読む読者のすべてが、作者の優しさに共感し微笑するだろう。なぜならば、読者自身にもそうした優しさがあり、思い当たるところがあるからだと思う。掲句の世界は、ここですぐれて叙情的に完結する。しかしながら……と、私はすぐに余計なことを考える。悪癖だ。句は完結しても、これからの作者はもとより、読者の人生もまたしばらくは完結しない。完結しないから、掲句の優しさを持つすべての人が、すべて優しい気持ちを保ちながら生きていくわけではない。保とうとしても、そうはいかない外圧を受ける場合もあるだろうし、みずからの野望で優しさを崩す場合もあるだろう。いや、こんなに大袈裟に言うこともない。日ごろの私の心情を、さっとなぞってみるだけで十分だ。永遠の優しさは神のみに固有のものであり、その神を造ったのは他ならぬ人間である。だから、ときどき人は神に憧れて、神よりもよほど非合理的に優しくふるまったりもするのだろう。「俳句研究」(2003年4月号)所載。(清水哲男)




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