昨日は春のように暖かかった東京だが、一転して厳冬に。三寒四温の季節に入ったのか。




2003ソスN1ソスソス15ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

January 1512003

 雪にとめて袖打はらふ駄賃かな

                           西山宗因

因は江戸前期の人で、元来は肥後八代の武家であったが、浪人して連歌師となり、のち俳諧に転じた。談林派の祖で、門下には西鶴もいた。現代の俳句から、まったくと言ってよいほどに影をひそめたのが、このような詠み方だろう。前書に「古歌なをしの発句にとてつかうまつりしに」とある。いわゆる「本歌取り」という手法で、意識的に先人の作の用語や語句などを取り入れて作る方法だ。掲句は、有名な藤原定家の「駒とめて袖打ち払ふ蔭もなし佐野の渡の雪の夕暮」を踏まえて作られている。宗因はこれを、旅の途中で激しい雪にあい、折りよく通りかかった馬子を「とめて」、「袖打はらふ」ほどのなけなしの銭で、高い「駄賃(だちん)」を支払ったと換骨奪胎した。定家の雅を俗に転じた機知と滑稽。「く〜だらねえっ」と、いまどきの俳人はソッポを向きそうだけれど、なかなかどうして、したたかで面白い句だ。遊びには違いないが、貴人定家の上品趣味をからかうと同時に、庶民の自嘲的哀感がよく出ているし、俗に生きなければ生きられない庶民の土性骨も感じられる。ところで、この定家の歌そのものが『万葉集』の「苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野の渡に家もあらなくに」の本歌取りであることは、よく知られている。定家は万葉の俗を雅にひっくり返し、それをまた宗因がひっくり返してみせた。凡手のよくするところではあるまい。(清水哲男)


January 1412003

 ゆりかもめ消さうよ膝のラジカセを

                           佐藤映二

語は「ゆりかもめ(都鳥)」で冬。文学上では、在原業平の「名にしおはばいざ言問はん都鳥わが思ふ人は在りやなしやと」で有名だ。今日も隅田川あたりでは、ギューイギューイと鳴き交わし乱舞していることだろう。作者は岸辺でそんな光景を前にしているのだが、最前から近くにいる若者の鳴らしている「ラジカセ」の音が気になってしかたがない。そこでこの一句となったわけだが、「消せよ」ではなく「消さうよ」と呼びかけているところに、作者の心根の優しさが滲み出ている。音楽を楽しんでいる君の気持ちもわかるけど、せっかくの「ゆりかもめ」じゃないか。しばし、自然のままに、あるがままに過ごそうじゃないか……。ヘッドホンで聴くウォークマンが登場する以前のラジカセ時代には、句のように、公園などでもあちこちで音楽が鳴っていた。音楽を持ち運べるようにした工夫は画期的なものであり、これによって開発された文化的状況には素晴らしいものがある。が、他方では、これまでにはなかった新しい迷惑状況が生み出されたことも事実だ。ただ、当時のラジカセ族の気持ちのなかには、自分さえ楽しめればよいのだというよりも、周囲の人にも素敵な音楽を聞かせてあげたいという心情もあったのではないか。振り返ってみて、なんとなくそうも思われる。そうした雰囲気が感じられたので、にべもなく「消せよ」とはならなかったとも言えるだろう。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


January 1312003

 筆始浮き立つ半紙撫で押へ

                           渡辺善夫

語は「筆始(ふではじめ・書初)」で新年。あっと思った。この感触、この手触り。思い出したのだ。そうだった。中学時代までは書初の宿題があり、正月休みには必ず書いたものだった。半紙を広げて緑色の下敷きの上に置くときに、ふわっと浮き上がるので、掲句の通りに「撫で押へ」てから書いた。小さい半紙ならば、上部を文鎮(ぶんちん)で押さえてやれば、すぐに下敷きに密着したが、大きいものになると、そうはいかない。あちこち「撫で押へ」ても、なかなか静まってくれなかったつけ。もう半世紀も前のことを、掲句のおかげで、かなりはっきりと思い出すことになった。中学二年のときは、天井近くから吊るすほどの大きな書初を書かされたので、とくにあのときのことを。何という文字を書いたのかは覚えていないけれど、そのときの部屋の様子だとか、まだ元気だった祖父や祖母のことなどが次々に思い出されて、いささかセンチメンタルな気分に浸ってしまった。半紙は非常な貴重品だったので、練習には新聞紙を何枚も使ったものだ。したがって、本番になるといやが上にも緊張の極となる。失敗は許されないから、慎重に何度も「撫で押へ」て、……。で、書き終えて、乾かしてからくるくると墨で凹凸のできた半紙を巻くときの感触までをも思い出したのだった。あんなに真剣に文字を書いたことは、以来、一度もない。地味ながら、書初の所作のディテールをしっかり捉えていて、良い句だと思う。「浮き立つ」の措辞も、正月気分にぴったりだ。『明日は土曜日』(2002)所収。(清水哲男)




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