東京の天気予報に「雨または雪の降る確率」と出るようになった。年内初雪はあるか。




2002年12句(前日までの二句を含む)

December 05122002

 マスクして人の怒りのおもしろき

                           上野さち子

語は「マスク」。冬に分類したのは、風邪が流行る季節だからだろう。昨今では、スギ花粉症に悩まされる人がよくかけているので、瞬間、別の季節を連想した読者もおられるかもしれない。句は、大きなマスクをした人が、盛んに怒っている図だ。通りすがりに見かけて、ちょっと足が止まった。その人は大声で何かを言っているのだが、マスクに声がこもってしまって、明瞭には聞き取れない。口も鼻も覆われているし、わずかに目の光りだけが怒りの形相を伝えてくる。まことに恐ろしげな目つきで、しかし、言葉はモゴモゴだ。笑っては失礼かと思うが、作者は思わず吹きだしそうになってしまった。それを「おもしろき」と単純素朴に押さえているところが、それこそ実におもしろい。何が原因で怒っているのかは知らねども、たしかに第三者として見ていると、句のとおりに「人の怒り」に笑いを誘われることがある。そして、そんなに、こっちが笑いたくなるほど逆上することもあるまいにとも思う。むろん、これは第三者の心の余裕が思わせることなのだが……。といって、句はマスクの人を揶揄しているのではない。むしろ、つくづく人間とは「おもしろき」生き物よと感心しているのである。『今はじめる人のための俳句歳時記・冬』(1997・角川mini文庫)所載。(清水哲男)


December 04122002

 冬枯や墾き捨てたるこのあたり

                           河東碧梧桐

味な句だが、ただの「冬枯(ふゆがれ)」でないところに、新しさを求めてやまなかった碧梧桐らしさがある。「墾き」は「ひらき」。一度は、人の手の入った荒れ地の冬枯れだ。そう遠くはない過去に、誰かが開墾した痕跡が歴然と残っている。区画がはっきりとしているだけではない。冬枯れた雑草に混じって、かつてここに植えられていたと思われる野菜などの末裔も見えているのだろう。種が自然にこぼれ散って、自然に生えてきたのだ。土地が痩せすぎていたのか、あまりに水の便でも悪かったのか、それとも墾いた人のまったく別の事情によるものなのか。いずれにせよ、墾いた人の目論みはあっけなく挫折してしまったのだ。そんなふうに、打ち捨てられた「このあたり」には、いつもいろいろなことを想像させられる。ドラマを感じる。ましてや今は寂しくも侘しい冬枯れの景を眼前にしているのだから、ドラマはより暗いほうへと傾いていく……。「このあたり」がどのあたりなのかは知る由もないけれど、そんなに人里離れた土地ではないだろう。ぶらりと散歩にでも出れば、すぐ近くにあるような場所だと思う。昭和の初期くらいまでは、まだどこにも土地が潤沢に余っていた。だから、案外あっさりと「墾き捨て」ることができたのかもしれない。『現代詩歌集』(1966・河出書房)所載。(清水哲男)


December 03122002

 雪の降る町といふ唄ありし忘れたり

                           安住 敦

に雪がちらついている。歩きながら作者は、そういえば「雪の降る町といふ唄」があったなと思い出した。遠い日に流行した唄だ。何度か小声で口ずさんでみようとするのだが、断片的にしか浮かんでこない。すぐに、あっさり「忘れたり」と、思い出すのをあきらめてしまった。それだけの句ながら、この軽い諦念は心に沁みる。かくし味のように、句には老いの精神的な生理のありようが仕込まれているからだ。すなわち「忘れたり」は、単に一つの流行り唄を忘れたことにとどまらず、その他のいろいろなことをも「忘れたり」とあきらめる心につながっている。若いうちならば、どんなに些細なことでも「忘れたり」ではすまさなかったものを、だんだん「忘れたり」と早々にあきらめてしまうようになった。そういうことを、読者に暗示しているのだ。そうでなければ、句にはならない。唄の題名は、正確には「雪の降る街を」(内村直也作詞・中田喜直作曲・高英男歌)だけれど、忘れたのだから誤記とは言えないだろう。歌詞よし、曲よし。私の好きな冬の唄の一つだ。しかし長生きすれば、きっとこの私にも、逃れようもなく「忘れたり」の日が訪れるのだろう。せめてその日まで、この句のほうはちゃんと覚えていたいものだと思った。『柿の木坂雑唱以後』(1990)所収。(清水哲男)




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