明日は今年いちばん小さな満月。最大を十円玉とすれば一円玉ほどだ。♪な〜んでか?




2002ソスN10ソスソス20ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 20102002

 萩の家わずかな水を煮ていたり

                           下山光子

冠に秋と書いて「萩」。古来、秋を代表する花とされてきた。『枕草子』に「萩、いと色深う枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れてなよなよと広ごり伏したる……」とあるように、凛とした姿ではない。「たをやか」「なよなよ」とした風情が、この季節のどことなく沈んだような空気に似合うのである。そんな萩を庭や垣根に咲かせている家は、たとえば薔薇の庭を持つ家などとは違って、とてもつつましく写る。住んでいる人を知らなくても、暮らしぶりまでもがつつましいのだろうと思われてくる。作者もまた、単に通りがかっただけなのだろう。「煮ていたり」とは書いているが、実際に台所を見たのではなく、つつましやかな「萩の家」の風情から来た想像だと、私には読める。こういう家では、こういうことが行われているのが相応しいとイメージして、詠んだのだと思う。水はふつう「煮る」とは言わず、「沸かす」と言う。が、そこをあえて「煮る」と言ったのは、「沸かす」の活気を押さえたかったからに違いない。「わずかな水」なのだから、この人は一人暮らしだ。自分のためだけの水を、ひとりひっそりと煮ている姿を想像して、作者は「萩の家」の風情に、いつそうの奥行きを与えたのである。『句読点』(2002)所収。(清水哲男)


October 19102002

 秋の虹消えてしまえばめし屋の前

                           松本秋歩

の虹は色も淡く、はかなく消えてしまう。寂寥感に誘われる。「めし屋」は洒落たレストランなどではなくて、ただ「めし」を食いに行くためだけの店だ。定食屋の類である。間借りをしていると、大家さんの台所は使わせてもらえないので、三食とも外食ということになる。昔は学生はもとより、働いている人にも間借り人が多かった。コンビニ一つあるわけじゃなし、食えるときに食っておかないと、夜は空きっ腹を抱えて寝なければならない。作者もまた、食えるときに食っておこうと表に出てみると、思いがけなくも虹がかかっていた。ちょっと得したような気分になったが、しかし見ている間に消えてゆき、いつものめし屋の前にいた。しばしの幻にうっとりとしかけた心が、すっとがさつな現実に舞い戻った瞬間をとらえている。汚れた暖簾をくぐれば、変哲もない秋刀魚定食や鯖の味噌煮定食が待っている。「めし屋」といえば、私が学生時代によく通ったのは、京都烏丸車庫の前にあった「烏丸食堂」だった。下宿から五分ほど。十人も入れば満杯の小さな店で、安かった。だが、金欠になってくると安い定食も食えなくなる。そんなときは、仲よくなった店のおねえさんに小声で頼んで、丼一杯の飯だけにしてもらう。そいつに、タダの塩を振りかけて食っていると、おねえさんがそっと「おしんこ」をつけてくれたりして、なんだか人情映画の登場人物みたいになったときもあったっけ。おねえさん、元気にしてるかなあ。そんなことも思い出された掲句でありました。『現代俳句歳時記』(1989・千曲秀版社)所載。(清水哲男)


October 18102002

 雁わたし猫はなま傷舐めてゐる

                           渡部州麻子

語は「雁わたし」で秋。「青北風(あおきた)」とも呼ばれ、ちょうど雁がわたってくるころに吹くので、雁わたし(雁渡し)と言う。手元の歳時記を見ると、陰暦八月ごろに吹く北風のこととある。いまは、陰暦の九月だ。仕事で天気の様子と毎日つきあっているからわかるのだが、東京あたりでは例年、陽暦十月の今頃になると、北風の吹く日が多くなってくる。これがおそらく「雁わたし」だろうと、私は勝手に決めつけています。こいつが吹き始めると、朝夕はめっきり冷え込んでくる。日中いかに良く晴れて暖かくても、吹く風にどこか冬の気配が入り交じってくる。そんなある日に、猫が「なま傷」を舐めているという情景。喧嘩でもしてきたのだろう。自分の傷を自分で癒しているわけだが、健気でもあり寂しくも写る情景だ。寒い季節がやってくると、とくに猫は不活発になる。そう思えば、この負け戦でこの猫の活発な時期も終わりになるのかもしれない。そしてこのことは、「猫が」ではなく「猫は」の「は」によって、他の生きとし生けるものすべてに通じていく。いまのうちに「なま傷」は舐めておかなければ、みずからの力で癒しておかなければ……。来たるべき冬に対する、いわば本能的な身繕い、身構えの姿勢の芽生えを、さりげなく演出してみせた佳句である。今年度俳句研究賞候補作品「耳ふたつ」五十句の内。「俳句研究」(2002年11月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます