国対国という視点も大事だが、国境とは無関係に得する人々と損する人々の対立項も重要。




2002ソスN9ソスソス20ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 2092002

 わが葉月世を疎めども故はなし

                           日野草城

語は「葉月」で秋、陰暦八月の異称。「朝ぼらけ鳴く音寒けけき初雁の葉月の空に秋風ぞ吹く」(眞昭法師)。この歌を読んで、わっ、めちゃめちゃな季重なりと、瞬間感じたのは私だけでしょうか。完璧な俳句病です(笑)。歌のように、朝夕はもう寒いくらいだけれど、日中はまだ暑い日が多いのが、いまごろの「葉月」という月だ。春先と同じで、なんとなく情緒不安定になりやすい。まさに「故はなし」であるのだが、草城は病気がちだったので、やはり身体的不調も加わっていたのではなかろうか。暑いなら暑い、寒いなら寒いのがよい。原稿をもらいに行ったときに、いかにもだるそうに呟いた黒田喜夫の顔を思い出した。筆の遅い詩人だったが、暑からず寒からずの季節には、一日に一行も書けない日があった。電話がない家だったので、とにかく神田から清瀬まで、連日通い詰めたものだ。句に従えば「世を疎(うと)」んじていたはずだから、「世」を代表しているような顔つきの編集者なんぞには、会いたくもなかっただろう。と、今にして思う。もう、三十数年も昔の話だ。ただし、この句からそんなに暗い印象は受けない。無理やりにも「故はなし」と、自分で自分に言い聞かせているところが、どことなくユーモラスで、読者の気持ちをやわらげるからだろう。『日野草城句集』(2001)所収。(清水哲男)


September 1992002

 カジノ裏とびきりの星月夜かな

                           細谷喨々

語は「星月夜」で秋。古書に「闇に星の多く明るきをいふなり。月のことにはあらず」とあって、まるで月夜のように星々が輝いている夜のことだ。美しい命名である。「カジノ」とあるからには外国吟と知れるが、一読ラスベガスかなと思ったら、ウィーンでの作句だった。ま、どこの国のカジノでも構わないけれど、面白いと思ったのは、きらびやかなカジノのある繁華な通りを離れて、薄暗い「裏」手の道にまわりこんだりすると、ひとりでに夜空を仰いでしまうような性癖が、総じて我々日本人にはあると思い当たるところだった。すなわち、陰陽の陰を好むのである……。とりわけて詩歌の人にはそういう趣味嗜好性癖があり、したがって、カジノの華麗さを正面から捉えたような作品には、なかなかお目にかかれない。すなわち、いつだって「裏」から発するのではないのかしらん、我々の大半の美意識の表現は……。だから、ウィーンのカジノの裏手を知らない私にも、この「とびきりの星月夜」の美しさはよくわかる。目に見えるような気がするのだ。句の言うとおりに、きっと素晴らしい星空だったに違いない。むろん句としてはこれでよいのだし、そして作者と直接的には無関係なれど、我々の詩歌の裏手からの美意識について、ちょっと考えさせられるきっかけを得た一句となった。私も、陰や影から発する美が好きだ。でも、何故なのだろうか、と。大串章著『自由に楽しむ俳句』(1999・日東書院)の例句より引用。(清水哲男)


September 1892002

 秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな

                           中村汀女

 籾摺り
は1935年(昭和十年)、東京大森での作。昔の台所は田舎ではもちろん、瓦斯(ガス)が来ているような都会のモダンな家でも、総じて北側など暗い場所にあった。ましてや、外は秋の雨だから、陰気な雰囲気である。「秋雨の瓦斯」とは、コックをひねると出てくる瓦斯の、普段よりもいっそう暗く湿ったような感じを言っているのだろう。タイミングを計って燐寸(マッチ)を擦ると、炎が瓦斯に燃え移るというよりも、句のように「瓦斯が飛びつ」いてくるというのが実感だ。着火したら、手早く燐寸を遠ざけねばならない。慣れているはずの主婦といえどもが、緊張する一瞬である。当時は恵まれた環境にあった主婦のビビッドな感覚を伝えた掲句も、もはや郷愁を呼ぶ台所俳句の一つになってしまった。自動点火のガス器具しか知らない世代には、よくわからないかもしれない。瓦斯といえば、最近読んだ宇多喜代子『わたしの歳事ノート』(富士見書房・2002)に、明治期(三十七年)の句が引用されていた。「瓦斯竃料理書もある厨哉」。新聞の懸賞に入選した俳句だそうだが、手放しの自慢ぶりが、いまとなっては可笑しくも哀しい。時代は変わった。台所も……。画像はTOKYO GASのHPより。句は『合本俳句歳時記・新版』(1974・角川書店)などに所載。(清水哲男)




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