季語が甘藷の句

August 2182002

 ほの赤く掘起しけり薩摩芋

                           村上鬼城

語は「薩摩芋(甘藷)」で秋。収穫期は霜が降りるころ、秋も深まってからだ(もっとも、いまでは晩夏から収穫できる品種もあるようだ)が、句の姿からして、この場合は早掘りだろう。もうそろそろ食べられるかなと試しに掘ってみると、まだ細いけれど「ほの赤」い芋が現れた。可憐な感じさえするその芋の姿に、作者は感じ入っている。収穫期の労働の果ての芋を、こんなふうにしみじみと見つめて、愛情を注ぐわけにはいかない。いわゆる初物ならではの感慨が、じわりと伝わってくる。ところで薩摩芋といえば、敗戦後の食糧危機を救った二大野菜の一つだった。もう一つは、南瓜。二つとも元来が強じんな性質だから、どこにでも植えられ、それなりによく育った。灰汁抜きが大変だったけれど、薩摩芋は蔓まで食べたものだ。しかし、夏は南瓜を主食とし、秋には薩摩芋を食べつづけた反動が、やがてやって来ることになる。私以上の世代で、薩摩芋と南瓜には見向きもしない人が多いのは、そのせいだ。青木昆陽の尽力で薩摩芋が18世紀に普及したときにも、貧しい人々の食料として広がっていった。そして、たとえば里芋は名月の供物とされるなど民俗行事に関わることが多いが、薩摩芋は大普及したにも関わらず、驚くほどに民俗とは関係が薄い。人は、飢えを祭ることはしないからである。ちなみに、俳句で単に「芋」といえば里芋を指す。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


October 02102004

 生きて会ひぬ彼のリュックも甘藷の形り

                           原田種茅

語は「甘藷」で秋。「さつまいも」のことだが、句では「いも」と読ませている。戦後も間もなくの混乱期の句だ。消息のわからなかった同士が、偶然に出会った。食料難の時代、作者は食べ物を求めて農村に買いだしに出かけた帰途とうかがえる。背負ったリュックには、やっとの思いで手に入れた甘藷が詰まっているのだ。したがって会った場所は、電車の中か、それとも駅頭あたりだろうか。お互いに相手を認めての第一声は、「久しぶりだなあ」というよりも「おお、生きてたか」というのが、当時の自然な挨拶だろう。よかったと手を取りあわんばかりの邂逅にも、しかし、ちらりと相手のリュックに目が行ってしまうのは、これまた当時の自然の成り行きというものだ。どうやら彼のほうも甘藷を手に入れたらしいことが、リュックの「形り」(「なり」と読むのかしらん)でわかったというのである。これで彼のおおよその暮らし向きもうかがえ、どうやら似たようなものかと思う気持ちは、平和な時代には絶対にわいてこなかったものである。その哀れさと苦さとが、会えた喜びの陰に明滅していて、何とも切ない。この後、二人の会話はおそらく弾まなかったろう。そそくさと連絡先を伝えあうくらいで、それぞれが家族の待つ我が家へと急がねばならなかったからだ。この世代も、若くて七十代後半を迎えている。甘藷もそうだが、ただ飢えをしのぐためにだけ食べた南瓜など、見るのもイヤだという人もいる。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


May 0952007

 船頭も饂飩うつなり五月雨

                           泉 鏡花

にヘソマガリぶるつもりはないけれど、芭蕉や蕪村の五月雨の名句は、あえて避けて通らせていただこう。「広辞苑」によれば、「さ」は五月(サツキ)のサに同じ、「みだれ」は水垂(ミダレ)の意だという。春の花たちによる狂躁が終わって、梅雨をむかえるまでのしばしホッとする時季の長雨である。雨にたたられて、いつもより少々暇ができた船頭さんが、無聊を慰めようというのだろうか、「さて、今日はひとつ・・・・」と、うどん打ちに精出している。本来の仕事が忙しいために、ご無沙汰していたお楽しみなのだろう。雨を集めて幾分流れが早くなっている川の、岸辺に舫ってある自分の舟が見えているのかもしれない。窓越しに舟に視線をちらちら送りながら、ウデをふるっている。船頭仕事で鍛えられたたくましいウデっぷしが打っていくうどんは、まずかろうはずがない。船頭仲間も何人か集まっていて、遠慮なく冷やかしているのかもしれない。「船頭やめて、うどん屋でも始めたら?」(笑)。あの鏡花文学とは、およそ表情を異にしている掲出句。しかし、うどんを打つ船頭をじっと観察しているまなざしは、鏡花の一面を物語っているように思われる。鏡花の句は美しすぎて甘すぎて・・・・と評する人もあるし、そういう句もある。けれども「田鼠や薩摩芋ひく葉の戦(そよ)ぎ」などは、いかにも鏡花らしく繊細だが、決して甘くはない。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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