吉祥寺で男が女児を車で拉致と110番。父親が叱りつけて手荒に娘を押し込んだだけ。




2002ソスN8ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 1382002

 羅におくれて動くからだかな

                           正木浩一

性用が圧倒的に多いが、「羅(うすもの)」には男性用もある。作者は、たぶん身体がだるいのだろう。盛夏にさっと羅を着ると、健康体なら心身共にしゃきっとした感じがするものだが、どうもしゃきっとしない。動いていると、着ているものに「からだ」がついていかないようなのだ。その違和感を「おくれて動く」と言い止めた。ゆったりと着ているからこその違和感。着衣と身体の関係が妙に分離している感覚を描いて、まことに秀逸である。羅を着たことのない私にも、さもありなんと思われた。作者は現代俳人・正木ゆう子さんの兄上で、1992年(平成三年)に四十九歳の若さで亡くなっている。生来病弱の質だったのだろうか。次のような句もあるので、そのことがうかがわれる。「たまさかは濃き味を恋ふ雲の峰」。カンカン照りの空に、にょきにょきと雲の峰が立ち上がっている。このときは、多少とも体調がよかったようだ。雲の峰に対峙するほどの気力はあった。が、医者から「濃き味」の食べ物を禁じられていたのだ。健康であれば、猛然と塩辛いものでも食べるところなのだが、それはままならない。やり場のない苛立ちを押さえるようにして、静かに吐かれた一句だけに、よけい心に沁みてくる。『正木浩一句集』(1993)所収。(清水哲男)


August 1282002

 炎天の原型として象歩む

                           奥坂まや

るところで、作者は「俳句作品は、それぞれの季語へのお供え物であると思う。もうすでに存在するような作品では季語に喜んでもらえないので、なるべく新しくかつ深いものを捧げたい」と述べている。となれば、掲句は季語「炎天」へのお供えものだ。「炎天」に具象的な「原型」があるはずだという見方は、深いかどうかの判断は置くとして、たしかに新鮮だと思った。夏をつかさどる神の意味の「炎帝」という季語は「もうすでに存在する」が、具象的ではない。そして、その原型は猛暑などはへっちゃらの「象」だと言うのである。しからば、この象はどこを「歩む」象なのだろうか。と、気にかかる。動物園なのか、アフリカやアジアの自然の中なのか、それともインドやミャンマーなどの労働の場なのか。どこでもよいようなものだけれど、私には飼育されて働いている象の姿が浮かんでくる。つまり、動物園の象とは違い、文字通りに人間と共存しているからこそ、酷暑に強い象のたくましさが引き立ち、まるで炎天の原型みたいに思えてくるのも自然な成り行きと感じられるからだ。少年時代に雑誌で読んだ巽聖歌の詩の書き出しに「象の子はどしりどしりよ、日盛りのまちを行ったと」(表記不明)とあった。子象のたくましくも愛らしい姿を描いた詩で、止めは「赤カンナ盛りだったと」と抒情的だが、その健気さに打たれてしまった。掲句を知ってすぐに思い出したのがこの詩で、そういうこともあるので、どうしても人とともに働いている象のイメージにとらわれてしまうのかもしれない。『列柱』(1994)所収。(清水哲男)


August 1182002

 追撃兵向日葵の影を越え斃れ

                           鈴木六林男

切手
説の一場面でもなければ、映画のそれでもない。まったき現実である。作者は、地獄の戦場と言われたフィリピンのバターン半島とコレヒドール島要塞戦の生き残りだ。あえて「越え斃(たお)る」と詠嘆せず、「越え斃れ」と記録性を重視しているところに、現場ならではの圧倒的な臨場感がある。極暑の真昼に、優位に敵を追撃していたはずの兵士が、一発の弾丸で、あるいは地雷を踏んで、あっけなく斃れてしまう。現場に参加している者にとってすら、信じられないような光景が白日の下に不意に出現するのだ。変哲もない向日葵の影で、変哲もなく人が死ぬ。これが戦争なのだと、作者はやり場のない憤怒を懸命にこらえて告発している。1942年(昭和十七年)、日本軍はバターンを包囲制圧し、相手方の司令官ダグラス・マッカーサーは「I shall return」のセリフを残して、夜陰に乗じ高速艇で脱出した。戦中の「少国民」のはしくれでしかなかった私も、この季節になると、戦争に思いを馳せる。そして、ただ偶然に生き残っただけの自分を確認する。それだけで、八月には意義がある。写真の切手は、フィリピンで1967年8月に発行されたマッカーサーのシルエットとコレヒドール奪還に上陸するパラシュート部隊。『荒天』所収。(清水哲男)




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