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July 2272002

 アメリカへ行くお別れの水遊び

                           塩見道子

語は「水遊び」で夏。子供の水を使う遊び全般を指す。公園の噴水池でじゃぶじゃぶやったり、水のかけっこや水鉄砲など、子供たちは水が好きだ。この場合は、ふくらませて庭に置くビニール製のプールでの遊びのような感じがする。「アメリカへ行く」といっても観光旅行ではなく、夫の仕事上での転勤で、一家をあげて渡米するのだ。当分の間は、日本に戻ってこられない。そこで、まだ幼い子の近所の仲良し二、三人に来てもらって、しばし「お別れの水遊び」というわけである。むろん、子供らにはこれでもういっしよには遊べなくなることなどわからないから、いつものようにいつもの調子で、無心にはしゃいでいる。その屈託のない無邪気さが、作者を余計に切なくさせている。行きたくない、このままの平凡な生活がいいな。ちらりと、そんな思いも心をかすめたことだろう。こうした別れの場面が珍しくなくなってから、もう四半世紀ほどになる。私の娘もドイツ暮らしが長いし、つい最近では甥っ子がカナダに転勤となった。友人知己の身内にも、外国暮らしは何人もいる。現に当ページを、海外で読んでおられる日本人の読者も少なくない。まことに時代の激変を感じるが、私にとってはいかに飛行機が速く飛ぶようになっても、アメリカもドイツもカナダも、やはりはるかに遠い国のままである。掲句に目が止まった所以だ。『新日本大歳時記・夏』(2000)所載。(清水哲男)


July 2972008

 わが死後は空蝉守になりたしよ

                           大木あまり

いぶん前になるがパソコン操作の家庭教師をしていたことがある。ある女性詩人の依頼で、その一人暮らしの部屋に入ると、玄関に駄菓子屋さんで見かけるような大きなガラス壜が置かれ、キャラメル色の物体が七分目ほど詰まっていた。それが全部空蝉(うつせみ)だと気づいたとき、あまりの驚きに棒立ちになってしまったのだが、彼女は涼しい顔で「かわいいでしょ。見つけたらちょうだいね」と言ってのけた。「抜け殻はこの世に残るものだから好き」なのだとも。その後、亡くなられたことを人づてに聞いたが、あの空蝉はどうなったのだろう。身寄りの少なかったはずの彼女の持ち物のなかでも、ことにあれだけは私がもらってあげなければならなかったのではないか、と今も強く悔やまれる。掲句が所載されているのは気鋭の女性俳人四人の新しい同人誌である。7月号でも8月号でも春先やさらには冬の句などの掲載も無頓着に行われている雑誌も多いなか、春夏号とあって、きちんと春夏の季節の作品が掲載されていることも読者には嬉しきことのひとつ。石田郷子〈蜘蛛の囲のかかればすぐに風の吹く〉、藺草慶子〈水遊びやら泥遊びやらわからなく〉、山西雅子〈夕刊に悲しき話蚊遣香〉。「星の木」(2008年春・夏号)所載。(土肥あき子)




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