久留米は「よかとこ」。初対面の方々も「よかお人」ばかりで、短くも楽しい旅でした。




2002ソスN5ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 1352002

 陽はありき十九の夏の小石川

                           佐藤鬼房

譜を見ると、作者は十九歳のとき(1938年・昭和十三年)に東京・小石川植物園の裏手に移り住み、日本電気本社の臨時工として働いた。いまでも当時の名残なのだろうか、小石川から飯田橋にかけての一帯には小さな町工場があちこちにある。青春追懐句。六十代の句と思われる。一見、リリカルな美しさを帯びた句と読めるが、なかなかに苦い味わい。四季を通じて、もっとも「陽」があって当たり前なのは「夏」なのだから、その季節に寄せてあえて「陽はありき」と詠んだところに、作者の苦しかった若き日がしのばれる。おそらくは物理的にも「陽」のあたらない下宿暮らしであり工場勤務だったのだろうし、精神的にも前途への「陽」はさして見えていなかったということだろう。しかしいま省みて思うに、物心両面での苦しさはあったけれど、そこには「十九」という若さゆえの「陽」が確かにあったのだと、しみじみと思い出している。屈折してはいるが、おのれの若き日、若き生命への賛歌だと受け取っておきたい。この句を読んで、自然に自分の十九歳のころに意識が動き、真っ暗な大学受験浪人生だったことを思い出し、しかし私にもそれなりの「陽」はあったのだと追懐した次第。ヘルマン・ヘッセじゃないけれど、はるか彼方に過ぎ去ってみて初めて「青春は美し(うるわし)」なのでした。『何處へ』(1984)所収。(清水哲男)


May 1252002

 母の日や主婦の結核みな重く

                           山本蒼洋

んという哀しい句だろう。作者は医者だろうか。たしかに、こういう時代があった。日本での結核患者は明治に入ってから増えはじめ、第二次世界大戦中にピークを迎えたという。社会の近代化に伴い、労働条件、都市環境、衛生施設、栄養面での劣悪な条件が、流行の素地となった。大家族のなかで誰よりも早く起き、一日中コマネズミのように働き、誰よりも遅くまで起きていた多くの主婦たちは、これらの条件の悪さをことごとく背負って生きていた。毎日の炊事洗濯だけでも、大変な労働だったのだ。しかも、少しくらい身体に不調を覚えても休めなかった。休養は許されなかった。これでは、とても早期発見などかなうわけがない。彼女らが医者に診てもらうのは、もはや気力を振り絞ってもどうにも身体が動かなくなってからだったので、当然のことながら病状は既に重く進行していた……。作者が医者だとしても、もはや手遅れに近い病状の主婦を前にして、おそらく言うべき言葉はなかっただろう。「何故こんなになるまでに、医者に診せなかったのか」などとは、言っても甲斐なき世の中の仕組みだったからだ。結核の流行は、社会が生みだしたものなのである。この句は、さりげない表現ながら、そんな世の中の仕組みを激しく憎んでいる。現代では、開発途上国に蔓延しているという。今日という日に結核に限らず、社会のせいで哀しい「母の日」を迎えている人たちは、世界中に数えきれないほど存在していることを忘れないようにしよう。『俳諧歳時記・夏』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)


May 1152002

 夏落葉有髪も禿頭もゆくよ

                           金子兜太

語は「夏落葉」。常磐木落葉(ときわぎおちば)という季語もあるように、夏に落葉するのは椎や樫などの常緑樹。落葉樹は晩秋に葉を落とすが、これは寒くて日照時間の少ない冬を生きのびるために、なるべくエネルギーを使わないですむようにとの自然の自衛策だ。対するに、常緑樹の落葉は加齢にしたがっての老化現象による。葉の寿命は、一般的には二、三年だそうだ。したがって、人間の髪の毛が脱落する原因は、常緑樹のそれに似ていると言えるだろう。句は、ひっそりと葉の舞い落ちてくる道を大勢の人が歩いているという、何の変哲もない情景設定だ。その歩いている人たちを、あえて「有髪(うはつ)」と「禿頭(とくとう)」に着眼し分類してみせたところが面白い。有髪であれ禿頭であれ、常緑樹だってホラこのように葉を落とすのだから、五十歩百歩でたいした違いがあるわけじゃない。すでに禿頭の作者は、達観しているというのか居直っているというのか、なんだか愉快な気分にすらなっている。有髪の人だと、こういうことは思いつきもしないだろう。そこがまた、掲句が何がなしペーソスすら感じさせる所以でもあると思った。それにしても、兜太ほどに禿頭句を多産している俳人はいない。そのあたりを考え合わせると、達観からでも居直りからでもなく、もはや「愛」からであると言うべきか。『金子兜太集・第一巻』(2002・筑摩書房)所収。(清水哲男)




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