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2001ソスN6ソスソス18ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 1862001

 おおかみに螢が一つ付いていた

                           金子兜太

の性(さが)、狷介にして獰猛。洋の東西を問わず、物語などでの「おおかみ」は悪役である。ただし、腐肉を食べるハイエナとは違って、心底からは嫌われてはいないようだ。恐いには恐いけれど、どこか間が抜けていて愛嬌もある。犬のご先祖なので、ハイエナ(こちらは猫の仲間)には気の毒だが、陰険を感じさせないからだろう。この句も、もちろんそうした物語の一つ。「螢が一つ付いて」いる「おおかみ」の困ったような顔が浮かんできて、ますます憎めない。と同時に感じられるのは、彼の存在の尋常ではない孤独感である。目撃談めかして書かれてはいるが、この「おおかみ」は作者自身だろう。みずからを狼に変身させて、おのれのありようをカリカチュアライズすると、たとえばこんな風だよと言っている。ここ二十年ほどの兜太句には、猪だの犀だの象だの狸だのと、動物が頻出する。このことを指して、坪内稔典は「老いの野生化」と言い(「俳句研究」2001年7月号)、それが「おそらく兜太の理想的な老いである」と占っている。となれば、人は老いて木石に近づくという「常識」ないしは「実感」は、逆転されることになる。死に際まで困った顔をするのが人なのであり、木石に同化しようとするのは気休め的なまやかしだと、掲句は実に恐いことを平然と言っていることになる。まさに「おおかみ」。句集で、この句の前に置かれた句は「おおかみに目合の家の人声」だ。こっちも、孤独の物語としてハッとさせられる。「目合」には「まぐわい」、「人声」には「ひとごえ」とルビがふられている。兜太、八十二歳。ダテに年くってない表現の力。『東国抄』(2001)所収。(清水哲男)


June 1762001

 方丈の五桁算盤扇風機

                           中村石秋

儀か法事の段取りの相談だろう。禅寺の「方丈(ほうじょう)」に通された。めったに入る部屋ではないので、緊張して僧を待つことしばし。そのうちに部屋の空気にも慣れ、見回して目についたのが「五桁算盤(ごけたそろばん)」と「扇風機」だった。使い込まれて黒光りした算盤と、おそらくは最新型の扇風機と。この取り合わせも面白いが、句の眼目はそこだけにはない。この二つの物は俗界のものであり、寺には似合わないものと、作者は感じたのだ。坊さんが算盤をはじいて金勘定に励んだり、無念無想の境地にある和尚が胸をはだけて、事もあろうに扇風機の風を受けたりしてはいけないのだ。むろん作者とて、寺には経営があることも、坊さんだって暑いときには暑いことも知っている。しかし、その楽屋をこのようにあからさまにされると、何だか有難みが薄まってしまう思いになるではないか。ここが眼目。寺でなくとも、普通の家庭を訪問しても、この種の軽い失望感に見舞われることがある。主人に抱いていたイメージが、部屋の置物ひとつでこわれてしまうことが……。編集者だったから、いろいろなお宅へ伺ったが、この点に気を使っていた一人が、劇作家の飯沢匡だった。どんなに親しくなっても、書斎には通さなかった。「だってキミ。オレがなんで『手紙の書き方』なんて本を持ってるのか、詮索されるのはイヤじゃないか」。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所収。(清水哲男)


June 1662001

 明け烏実梅ごろごろ落ちていて

                           寺井谷子

の本に「梅熟する時雨ふる、これを梅雨といふ」(『滑稽雑談』)とある。子供でも知っていることだが、私などは長い間都会で暮らしているうちに、実感的に梅雨の本意を感じなくなってしまった。しきりに梅雨と言いながら、感覚が「実梅(みうめ)」に至ることは稀である。掲句に出会って、ひさしぶりにその感覚がよみがえってきた。前夜は激しい風雨。荒梅雨。早朝に烏の声で目覚め、雨戸を繰って庭を見るとはたせるかな、懸念していたように、梅の実が「ごろごろ」とたくさん落ちてしまっていた。いまだ曇り空のあちこちでは、烏たちがわめくように鳴いている。絵に描けば荒涼たる風景ではあるけれど、このときに作者が捉えているのは、むしろあるがままの自然を前にし受容した充実感だろう。こういう実感が湧くのは、まだ人間が動きはじめない早朝だからこそである。雨の匂い、濡れた土の匂い、樹木の匂いがさあっと身体を包み込む。「ごろごろ」と落ちている梅の実の後始末なんて、実はいまは考えてはいないのだ。この気持ちを恍惚と評すると表現過剰かもしれないが、何かそれに近いような気持ちになっている。『人寰』(2001)所収。(清水哲男)




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