恰好良いWeb Design誌に、なんとHTML基礎講座。作成ソフトのせいでHTML知らずが増えたんだ。




2001ソスN5ソスソス20ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 2052001

 水中花だんだんに目が嶮しくなる

                           岸田稚魚

が発明したのだろうか。江戸期には酒杯に浮かべて「酒中花」とも言ったそうだが、水の中で花を咲かせるという発想は、破天荒かつ叙情的で素晴らしい。大人になってからも、私はときどき買ってきて咲かせている。適当な大きさのコップに水を入れ、さてちゃんと咲いてくれるかどうかと目を凝らすときが楽しい。当たり外れがあって、なかなかきちんとは咲いてくれないので、たしかに「だんだんに目が嶮しく」なっているかもしれないなと、苦笑した。たかが「水中花」であり、うまく咲かなくても何がどうなるというわけでもないが、戯れ事にせよ、眼前の関心事に一心に集中する「目」を捉えた掲句には鋭いものがある。句の魅力は「水中花」と出ながらも、作者の「目(意識)」がそれを咲かせている人(作者自身であってもよい)の「目」に、すっと自然に逸れているところにある。瞬間的に、視点をずらしている。思えば、後年の稚魚は目を逸らす達人であった。直接の対象の姿かたちから空間的時間的にいきなり「目」を逸らし、そのことによって句に物語性を紡ぎだす作法を得意とした。「からたちの花の昔の昔かな」などは典型だろうが、観念的で言葉の遊戯でしかないとする批判の声もあった。『萩供養』(1982)所収。(清水哲男)


May 1952001

 市電の中を風ぬけ葵まつり過ぐ

                           鈴木鷹夫

祭の季節。今日は浅草・三社祭の町内神輿(みこし)連合渡御、明日は本社神輿渡御。江戸第一の荒祭として知られ、今でも非常に人気が高い。今年も、ものすごい人出になるだろう。ただし夏祭の元祖は京都の「葵祭(賀茂祭)」で、昔は「祭」と言えば葵祭のことだった。こちらは荒祭とは対極にあり、葵で飾った牛車を中心に、平安期さながらの美々しい共奉の列が都大路を粛々と進む。毎年五月十五日に行われているので、句はちょうど今ごろの京都を詠んだものだ。私の個人的なノスタルジーからの選句だが、「昔のいまどき」の京都の雰囲気をよく伝えている。冷房設備のない市電は窓を開けて風を入れながらゆっくりと走り、近くの山に茂る青葉を背景にして、古い町並みの美しさが際立つ。「風ぬけ」とは薫風の心地よさを言っているのと同時に、祭が終わった後のいささかの「気ぬけ」にもかけられているようだ。やがて、じめじめとした雨の季節がやってくる。それまでのしばしの時を思い、作者は祭の後の静けさのなかで「風」を楽しんでいる。土地土地の祭は季節を呼び寄せ人を呼び寄せ、呼び寄せては消えていく。「荷風なし万太郎なし三社祭」(宇田零雨)。いつに変わらぬ賑わいの祭だが、人もまた消えていき、ついに戻ってこない。『合本俳句歳時記第三版』(1997・角川書店)。(清水哲男)


May 1852001

 郭公や寝にゆく母が襖閉づ

                           廣瀬直人

公(かっこう)が鳴いているのだから、昼間である。外光はあくまでも明るく、郭公がしきりに鳴いている。この好日に、老いて病身の母はとても疲れた様子だ。「少し休みたい……」と言い、次の間に「寝に」立った。そろりそろりと、しかしきっちりと、作者の前で「襖(ふすま)」が閉められる。たかが襖ではあるけれど、きっちりと閉められたことにより、残された作者の心は途端に寂寥感に占められた。襖一枚の断絶だ。細目にでも開いていれば、まだ通じ合う空気は残る。しかし、このときの襖を隔てた向こうの部屋は、もはやこちらの部屋とは相いれぬ世界となった。急に、母親が遠く手の届かぬ見知らぬ世界に行ってしまったようだ。いくつになっても子供は子供と言うが、逆もまた真なりで、いくつになっても親は親である。とくに母親は、いつまでも元気に甲斐甲斐しく家事を切り回す存在だと、どんな子供も漠然とそう信じて生きているだろう。だが、決してそうではないという現実を、この真昼に閉ざされた一枚の襖が告げたのである。郭公は、実に明るいような寂しいような声で鳴く。そこで時代を逆転させ、掲句に一句をもって和するとすれば、すなわち「憂き我をさびしがらせよ閑古鳥」(松尾芭蕉)でなければなるまい。ちなみに「閑古鳥(かんこどり)」は「郭公」の異名である。『朝の川』(1986)所収。(清水哲男)




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