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March 1932001

 籠の鶏に子の呉れてゆくはこべかな

                           富田木歩

せた竹籠に飼われている鶏に、たまたま通りかかった子供が、そこらへんに生えている「はこべ」を摘んで与え、すっと行きすぎていった。ただそれだけの情景だが、見ていた作者は心温まるものを感じている。この場合に、子供の行為は、公園の鳩に餌をやるそれとは大違いだ。鳩に餌をやるのは鳩を身近に呼び集める目的があってのことで、下心が働いている。句の子供に、そんな下心は微塵もない。といって籠の鶏の身に同情しているというのでもなく、ふっと腹を空かせていそうな気配を感じて、とりあえず「はこべ」を与えたまでのこと。去っていった子供も、すぐにこんなことは忘れてしまうだろう。善行を積んだなど、露思っていない。だからこそ、作者には嬉しいのだ。気配りとも言えぬ気配り、ごく自然で無欲な振る舞い。脚が不自由で一歩も歩行の適わなかった木歩にしてみれば、なおさらに子供のぶっきらぼうな行為が印象深く、頼もしくさえ思えただろう。だから、句になった。べつに木歩の境遇を知らなくても、揚句は味読に値する。誰に教えられずとも、この子のような気持ちを持った子は、昔はたくさんいた。大袈裟に聞こえるかもしれないが、みんながそうだった。生きとし生けるものとのつきあい方を、自然に身に付けていたのだと回想される。そこへいくと「いまどきの子は……」などと、愚痴を言ってもはじまらぬ。目から鼻へ抜けるような利口な子は、句の作られた大正期よりも圧倒的に多いのだろうが、それがどうしたと居直りたくなる「句の子」のありようではないか。木歩は、関東大震災で非業の死を遂げた。この子は、無事に生き残ったろうか。「死ぬなよ」と、とんでもなく時代遅れの声援を送りたくなる。ちなみに「はこべ」の漢字は「繁縷」などと表記され、読むにはやけに難しい。松本哉編『すみだ川の俳人・富田木歩大全集』(1989)所収。(清水哲男)


March 2332003

 はこべ挿す模型の小鳥慰めて

                           堀口星眠

語は「はこべ(繁縷)」で春。春の七草の一つとして知られる。が、案外、具体的に名前と実物が一致しない人は多いようだ。そんじょそこらに沢山自生しているにもかかわらず、皮肉なことに、かえってきちんと名前を覚えられない宿命にある草だ。それはともかく、はこべは小鳥の好物だそうである。それを知っている作者は、淋しそうに見えた「模型の小鳥」に、本物の餌を与えてやった。本物の鳥として扱ってやった。なんという優しい心遣いだろうか。この句を読む読者のすべてが、作者の優しさに共感し微笑するだろう。なぜならば、読者自身にもそうした優しさがあり、思い当たるところがあるからだと思う。掲句の世界は、ここですぐれて叙情的に完結する。しかしながら……と、私はすぐに余計なことを考える。悪癖だ。句は完結しても、これからの作者はもとより、読者の人生もまたしばらくは完結しない。完結しないから、掲句の優しさを持つすべての人が、すべて優しい気持ちを保ちながら生きていくわけではない。保とうとしても、そうはいかない外圧を受ける場合もあるだろうし、みずからの野望で優しさを崩す場合もあるだろう。いや、こんなに大袈裟に言うこともない。日ごろの私の心情を、さっとなぞってみるだけで十分だ。永遠の優しさは神のみに固有のものであり、その神を造ったのは他ならぬ人間である。だから、ときどき人は神に憧れて、神よりもよほど非合理的に優しくふるまったりもするのだろう。「俳句研究」(2003年4月号)所載。(清水哲男)




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