余白句会の仲間アーサー・ビナードさんが中原中也賞を受賞。こいつは春から縁起がいい。おめでとう。




2001ソスN2ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 1922001

 天心にして脇見せり春の雁

                           永田耕衣

ろそろ、雁(かり)たちが北方に帰っていく季節である。季語「春の雁」は、北へと帰りはじめようとする雁のことを言う。だんだん、姿を消していく雁たち……。明るい春と別れの淋しさとを同時につかまえた季語で、人間界になぞらえれば「卒業」などに近い情趣がある。おそらく、日本語独特の表現だろう。よい季語だ。ちなみに「残る雁」の季語もあって、こちらは病気や怪我のためか、とにかく帰れない雁にわびしさを見た季語である。揚句は、帰るために、もう後戻りのできない「天心(中天)」にまで至っている雁の一羽が、ひょいと脇見をした様子を描いている。作者は、私たちが何となく想像している雁の北帰行の常識的なイメージを、それこそひょいとからかっているのだ。雁たちが一直線に真一文字に、ひたすら「天心(すなわち天子のような心持ち)」で北を目指しているというのが、おおかたのイメージだろう。もとより作者だとて、実際の飛行の様子は知らないわけだが、なかにはきっと「脇見」する奴だっているにちがいないと思った、そこがミソ。「脇見」は心の余裕の産物でもあるが、他方では「不安」のそれでもある。句では、後者と捉えたほうが面白い。ぱあっと北を目指して意気高く飛び上がったまではよいけれど、本当に「これでよかったのだろうか」と、周囲の仲間の表情を盗み見している図。言わでものことだけれど、揚句はたぶんに人間界への皮肉が意識されている。『吹毛集』(1955)所収。ちなみに「吹毛(すいもう)」とは「あらさがし」の意。(清水哲男)


February 1822001

 ひとり旋る賽の河原の風ぐるま

                           千代田葛彦

の知るかぎり、最も不気味にして印象的な風車の句。ご承知のように「賽(さい)の河原」は、死んだ幼な子がもっとも辛酸をなめさせられる場所だ。父母の供養のために石を積んで塔を作ろうとしていると、鬼が現われては壊してしまう。そんな苦しみの河原に、子供の大好きな玩具である風車が「ひとり旋(まわ)」っているというのである。「廻る」や「回る」ではなく「旋る」という字をあてたのは、「旋風(つむじかぜ・せんぷう)」の連想から、猛烈な風の勢いのなかでの回転を表現したのだろう。あの河原には、常に寒風が吹きあげている。春のそよ風に廻る風車には優しい風情があるけれど、揚句のそれはひたすら非情に回転しつづけているばかり。私のイメージでは、この風車は巨大なもので、しかも虚空に浮かんでおり、回転速度がはやいために色彩は灰色にしか見えない。「旋る」音も軽快な感じではなく、吹き上げる強風に悲鳴をあげているような……。こんなふうに想像を伸ばしていくと、どんどん怖くなりそうなので止めておくが、とにかく「賽の河原」に「風車」を持っていくとは、度肝を抜かれる発想だ。脱帽ものである。口直しに(笑)、三好達治の一句を。「街角の風を売るなり風車」。なんて詩人はやさしいんだろう。『合本・俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


February 1722001

 ときをりの水のささやき猫柳

                           中村汀女

かい地方では、もう咲いているだろう。山陰で暮らしていた子供のころには、終業式間近に開花した。まだ、ひと月ほど先のことだ。「猫柳」は一名「かわやなぎ」とも言うように、川辺に自生する。咲きはじめると、川辺がずうっとどこまでもけむるように見え、子供心にも一種の陶酔感が芽生えた。川(というよりも、小川)は重要な遊び場だったので、猫柳はその遊び場が戻ってくる先触れの花であり、そんな嬉しさも手伝ってきれいに見えたのかもしれない。どなたもご存知の文部省唱歌「春の小川」(高野辰之作詞)は、フィクションなんかじゃなかった。とくに二番の「……えびやめだかや 小ぶなの群れに きょうも一日 ひなたでおよぎ」あたりは、現場レポートそのものである。咲き初めた「猫柳」をかきわけて、小川をのぞきこむ。と、いるいる。「えびやめだか」たちが。まだ水は冷たいので入りはしないけれど、のぞきこみながら、何だかとても嬉しい気分になったものだ。揚句の作者は大人だから、私のようにのぞきこんだりはしていない。川沿いの道を、猫柳を楽しみながら歩いている。歩いていると、ときおり「水のささやき」が聞こえてくる。ただそれだけの句であるが、情景を知る者には、なんと美しく的確に響いてくることだろう。作家の永井龍男が戦争中に、いかに「汀女の句になぐさめられたことか」と書いている。わかるような気がする。『女流俳句集成』(1999)所載。(清水哲男)




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