「21世紀まで生きられるかな」「無理だろうね」。小学生のときの会話を思い出す。あと五日だ。




2000年12句(前日までの二句を含む)

December 27122000

 よい夢のさめても嬉しもちの音

                           五 筑

朝、まだ暗いうちに、近隣で餅を搗く音に目が覚めた。せっかく「よい夢」を見ていたのに、破られてしまった。しかし、破られても「もちの音」を聞くほうが嬉しい気分である。さあ、いよいよ正月だ。子供のころは農村に暮らしたので、私にも同じ体験がある。この時季になると、毎朝、どこからか「もちの音」が聞こえてくるのだった。正月を待つ心は、子供のほうが熱い。寝床のなかで聞いていると、なんだかとてもドキドキした。思い返すと、旧家ほど早めに搗いていたようだ。我が家のような新参の家や小さな家が、最初に搗くことはなかった。搗く順番に、何か暗黙の取り決めがあったような気がする。したがって、我が家では大晦日近くに搗いていた記憶がある。二十九日だけは「苦餅」となるので、搗くのは避けた。作者は江戸期の町場の人だろうから、搗いているのは商売人かもしれない。「引摺り餅」と言って、数人で臼や杵などの餅搗き道具一切を持ち、各戸を搗いてまわった。落語に「しりもち」という演目があり、貧乏で「引摺り餅」を頼めない男が、それでは世間体が悪いというので、大晦日の暗いうちにに一計を案じる。近所に搗く音さえ聞こえればいいんだろと、さも「引摺り餅」の男たちがやってきているかのように、数人の声色を使い分け、大声で餅搗きシーンを自演しはじめる。で、「もちの音」を出すために、女房の丸出しの尻を叩いた。だから「しりもち」。関西ネタだというが、哀しくも滑稽な噺ではある。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)


December 26122000

 鱒鮓や寒さの戻る星の色

                           古館曹人

鮓(ますずし)は富山の名産と聞くが、本場ものは食べたことがない。いわゆる押し寿司だろうか。冬の鮓の冷たい感触は、冷たさゆえに食欲をそそる。傍らに熱いお茶を置き、冷たさも味のうちとして賞味する。揚句では、さらにサーモン・ピンクの鱒の色が、戻ってきた寒さのなかに明滅する星の色にしみじみと通いあっており、絶品だ。ふと、通夜の情景かもしれないと思った。亡き人を偲ぶとき、私たちは吸い込まれるように空を見上げる。死者が召されるという暗黒の「天」には、星がまたたいている。その星のまたたきが、生き残った者たちの慰めとなる。まったく見当外れの読みかもしれないが、いまの私には、むしろこう読んだほうが、しっくりくる。今夜、詩人仲間の加藤温子さんのお通夜(於・カトリック吉祥寺教会)がとりおこなわれる。明日の葬儀ミサには行けないので、今夜でお別れだ。二十年に近いおつきあいだった。きっと星はまたたいてくれ、私はきっと見上げるだろう。温子さん、いつものジーパン姿で会いに行くからね。『樹下石上』所収。(清水哲男)


December 25122000

 悲しみの灯もまじる街クリスマス

                           堀口星眠

リスマスの街は、はなやかだ。行ったことはないけれど、毎年テレビで報道されるニューヨークの街の灯などは、ちらと見るだけで楽しくなる。わくわくする。が、そうした華麗な灯のなかに「悲しみの灯も」まじっているのだと、作者は言う。はなやかな情景に、悲しみを覚える心。詩人の第一歩は、このあたりからはじまるようだ。その意味で揚句は、詩人の初歩の初歩を踏み出したところにとどまってはいるが、しかしクリスマスの句としては異彩を放っている。類句がありそうで、ないのである。私事ながら、昨日、辻征夫などとともに、同人詩誌「小酒館」のメンバーであった加藤温子さんが急逝された。しかも加藤さんはキリスト者であられたから、揚句の訴えるところは身にしみる。この句は以前から知ってはいたが、身近な方に亡くなられるてみるまでは、こんなにも心に響くとは思ってもみなかった。私の持論で、俳句は「思い当たりの文学」と言いつづけてきたけれど、ますますその感を深くすることになった。作者の「悲しみ」は、知らない。知らないが、透き通るように、私の悲しみは揚句と重なり合う。作者はみずからの「悲しみ」をあえて伏せ、「思い当たる」読者にだけ呼びかけて応えてくれれば、それでよしと考えたのだろう。悪く言えば、罠を仕掛けたわけだ。その罠に、今日の私は、てもなくかかったという次第である。作者は「普遍」をもくろみ、読者は機会次第で、その罠にかかることもあり、かからないこともあるということ。これも、俳句の面白さだ。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)




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