プリンターが奇声を発しはじめた。頼むから、あと半月はもってくれ。そろそろ年賀状の準備にかかる。




2000ソスN11ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 26112000

 黄落や或る悲しみの受話器置く

                           平畑静塔

落(こうらく)は、イチョウやケヤキなどの木の葉が黄色に染まって落ちること。対するに、「紅葉かつ散る」という長い秋の季語がある。こちらは、紅葉したままの木の葉が落ちることだ。「照紅葉且つ散る岩根みづきけり」(西島麦南)。掲句のポイントは「或る悲しみ」の「或る」だろう。「或る」と口ごもっているのだから、「悲しみ」の中身は、たとえば肉親や親しい人の訃報のように、作者の胸に直接ひびいたものではあるまい。受話器の向こうの人の「悲しみ」なのだ。それを、向こうの人は作者に訴えてきたのだと思う。内容は、聞くほどに切なくなるもので、同情はするのだが、さりとてどのようにも力にはなってあげられそうもないもどかしさ。折しも、窓外の黄落はしきりである。聞いているうちに、降り注ぐ黄色い光りのなかに立っているような哀切で抽象的な感覚に襲われ、その気分のままに受話器を置いた。置いてもなお、気持ちはしばらく現実に戻らない。ここで多分、作者は「ほおっ」と大きなため息をついただろう。黄葉であれ紅葉であれ、木の葉のしきりに散る様子は人を酔わせるところがある。「或る悲しみ」の「或る」は、そんな気分に照応していて、よく利いている。『新俳句歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


November 25112000

 妖村正二尺四寸雪催

                           稲島帚木

正(むらまさ)の作った刀を、実際に見たことはない。妖刀と言われるだけあって、チャンバラ映画や小説ではお馴染の刀だ。なぜ妖刀なのかは、『広辞苑』にゆずる。「(村正は)室町時代の刀工。美濃系と見られる。伝説多く、鎌倉の正宗に師事したが破門され、伊勢国桑名郡で刀剣を製作したという。徳川家康の祖父清康がこの刀で殺害され、また、嫡子信康がこの刀で介錯されたなどの伝えから、その作は徳川幕府の禁忌にあい、妖刀視された。同名が数人ある[広辞苑第五版]」。付け加えれば、家康も村正で手に傷を負ったという伝説がある。友人の父親が刀剣のコレクターで、学生時代に何振かを見せてもらった。「(刀身に)息を吹きかけるな」にはまいったが、正座してそろそろと抜き眼前に構えると、不思議な気持ちになる。殺人の意識が伴うせいか、息詰まるような緊張感がわいてくるのだ。そのうちに、刀身の輝きに吸い込まれるような感覚も生まれてくる。作者のように妖刀と承知して眺めれば、なおさらだろう。ましてや、表はどんよりとした雪催(ゆきもよい)で、何かドラマでもはじまりそうな雰囲気である。雪が来る前は、どういうわけか血が騒ぐ。さて「妖村正二尺四寸」、いかなる嵐を呼ぶか血を呼ぶか……。漢字だけの作意も、この気持ちにはぴったりだ。実感の強さが、よく出ている。ちなみに、囲碁にも「村正」という定石があって、少しでも対応を間違えると危ないところから名づけられたらしい。「俳句研究年鑑」(1995)所載。(清水哲男)


November 24112000

 霜の夜のミシンを溢れ落下傘

                           永井龍男

争末期の句。「大船某工場にて」とあり、この「某」は軍事機密ゆえの「某」である。作者は文藝春秋社の編集者だったから、取材のために訪れたのだろう。霜の降りた寒い夜、火の気のない工場では、「女工」たちが黙々と落下傘の縫製に追われている。ミシンの上に溢れた純白の布が目に染みるようであり、それだけに一層、霜夜の寒さが身をちぢこまらせる。「ミシンを溢れ」は、実に鮮やかにして的確な描写だ。一世を風靡した軍歌『空の神兵』で「藍より青き大空に大空に、たちまち開く百千の、真白き薔薇の花模様」と歌われた「落下傘」も、こんなふうに町の片隅の工場で、一つ一つ手縫いで作られていたわけである。ところで、往時の作者の身辺事情。「収入皆無の状態のまま、応召社員の給与、遺家族に対する手当支給などに追われた。空襲は頻度を増し、私の東京出勤もままならなかった」。そして、同じ時期に次の一句がある。「雑炊によみがへりたる指図あり」。文字通りの粗末な「雑炊」だが、やっと人心地のついた思いで食べていると、ふと会社からの「指図(さしず)」がよみがえってきた。すっかり、失念していたのだ。食べている場合じゃないな。そこで作者は、「指図」にしたがうべく、食べかけた雑炊の椀を置いて立ち上がるのである。この句は、戦中を離れて、現代にも十分に通じるだろう。なにしろ「企業戦士」というくらいだから……。『東門居句手帖・文壇句会今昔』(1972)所収。(清水哲男)




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